第24話【ハードパンチャー】

「よ~、 ジンさん。仕事に励んでいるかい?」


俺が鍛冶屋の入り口をくぐると竈の前で頭にタオルを巻いた中年のドワーフが鍛冶仕事に励んでいた。蒸し暑い部屋の中でハンマーを使い熱々の鋼を鍛えている。


「よ~~う、アトラスじゃあねえか。なんだ、ローリーに会いに来たのか?」


手を休めたドワーフがタオルで汗を拭きながら近寄って来た。その身長は160センチの俺よりも低い。ドワーフ族はマッチョだが背が低い種族なのだ。


そして、俺はフレンドリーにジンさんに受け答える。


「いや、今日はローリーちゃんに用事があったわけじゃあないんだ」


「じゃあ、なんだい?」


俺は背後に立つアビゲイルを指差しながらジンさんに言った。


「今日はアビゲイルに武器を持たせたくってね。それで寄ったんだよ」


するとジンさんはアビゲイルに近寄ると下から見上げるアングルでアビゲイルの顔を覗き込んだ。強面の顔をしかめながらアビゲイルの姿を観察している。


「ほほう、これがローリーの奴が作った骨格のゴーレムかいな。思っていたより細っこいのぉ」


「ああ、ローリーちゃんにはお世話になっているよ。俺が作れない精密パーツはすべてローリーちゃんが作ってくれているからね」


「俺の娘なのに、本当にあいつはスゲー起用な職人に育ったぜ。もう俺が教えることは何一つ無いどころか逆に俺が習いたいところだ」


「ところでローリーちゃんは?」


「今鉱山に買い出しに出てるよ。良い鉄鋼を探してな。だからしばらく帰らないぜ」


「それは残念だ。また新しいパーツを発注したかったんだけれどね。帰ってきたら宜しく言ってくれよ、ジンさん」


「ああ、分かったぜ。それで今日はどんな武器をお探しなんだい?」


「んん~、そうだな~」


俺は店内に飾られた武器の数々を観て回る。店内には幾つもの武器が並んでいた。長剣から大刀、戦斧に戦錘、槍に弓まで揃っている。どれもこれも出来が素晴らしい。


それらを俺の頭の上から見回していたアンジュも感心していた。


「流石はドワーフの店ね。なんでもありそうだわぁ~」


「おや、森の妖精じゃあねえか」


俺はアンジュの小さな頬を指で突っつきながら彼女を紹介した。


「最近使い魔に迎えたアンジュだ。ほら、アンジュ。ジンさんに挨拶しておけ」


すると俺に促されたアンジュが明るくダブルピースで自己紹介する。


「アンジュでぇ~~す。宜しくね~」


表情を軽くしかめたジンさんが返す。


「相変わらず森の妖精はテンションが高いのぉ。儂は鍛冶屋のジンゴローだ。宜しく頼むぞ」


更にアビゲイルが礼儀正しく頭を下げた。


『私はアビゲイル四式と申し上げます。今後とも宜しくお願いします』


各自の自己紹介が終わるとジンさんは店頭に並ぶ商品の前に立つと景気良く言った。


「よし、それじゃあアビゲイル。お前さんは儂の娘が作ったゴーレムに等しい。それは儂の娘も同然だ。だから今回はサービスだぜ。好きな武器をひとつ持ってきな!」


「おお、気前がいいな、ジンさん」


『有り難うございます、ジン様』


アビゲイルが礼儀正しく頭を下げた。その様子を見てジンさんの期限が更に上がる。


「それじゃあアビゲイル。好きな武器をひとつ選べよ。今回はジンさんに甘えよう」


俺の言葉を聴いたアビゲイルが店内を一度見回した。だが、どの武器もアビゲイルは選ばずに俺に言った。


『私ではどのような武器を選んで良いか分かりません。マスターがお選びください』


「ああ~……」


これは下着を買いに行った時と同じである。アビゲイルに品物を選ばせても、まともに買いたい物を選べない。まるで自分の意見を持ち合わせていないようなのだ。この辺がゴーレムなんだな~っと思わせる。


「仕方がない。俺が選ぶか……」


仕方ないと呟きながら俺は店内の武器からアビゲイルに合いそうな武器を探す。


剣は駄目だろう。ゴブリンとの戦いで観ていて分かる。アビゲイルは剣技が使えない。


もしかしたら誰かの剣技を見れば、それだけで習得出きるのではないのだろうか?


ドリトルの拳闘術を習得したときも、戦っただけでボクシングを習得できたのだから。


まあ、剣技ぐらいなら何処でも観れるだろう。何せここはファンタジーの異世界なのだから。剣を使える戦士は五万といやがる。


しかし今はまだ早いかも知れない。今ここでアビゲイルに剣を持たせても宝の持ち腐れであろう。まずは剣技を確実に学んでからである。


ならばパワーだけでも戦える戦斧や戦錘で良いのではないだろうか。アビゲイルならパワーだけで敵を蹴散らせるだろうからな。


そう考えながら俺が少し大きめの戦斧を手に取ったときである。隣の棚に置かれたふたつの武器に目が止まった。


「これは──」


それは鋼鉄のグローブだった。ガントレットよりも厚い鉄板で拳部分を強化されたふたつのグローブは防具と呼ぶにはゴッツ過ぎた。


俺は鋼鉄のグローブふたつを手に取ってみる。するとドッシリとした重さが両手にのし掛かる。グローブと述べたが革製の部分は少なく殆ど鋼の塊だった。


「ジンさん、これは?」


「それか。以前闘技場の拳闘士に注文されて作った武器だ。また本人が買いに来るかと思って予備を作っておいたんだが、それっきり奴さんは来なくてよ。それ以来、棚の肥やしだ」


俺は鋼鉄グローブの中を覗き込む。すると内部はメリケンサックのように握り締める部分があり拳が傷付かないように工夫されていた。それだけじゃない。毛皮でクッションもある。まさに拳を気遣った作りなのだ。以外に繊細に作られている。


「アビゲイル。これを装着してみろ」


『畏まりました、マスター』


俺から手渡された鋼鉄グローブを装着したアビゲイルがファイティングポーズを取った。その姿がメイド服ながら様になっている。


そして、アビゲイルはジャブからストレート、更には天を突くアッパーカットを振るう。


「わお~!」


「おおぅ……」


コンビネーションを振るうアビゲイルの拳圧に髪の毛が揺れたアンジュが驚いていた。ジンさんもパンチの鋭さに驚いている。


アビゲイルは両拳を見詰めながら言う。


『この武器なら戦えます』


「そ、そうか……」


両拳を見詰めるアビゲイルが冷淡に見えて俺も少し引いてしまった。


想像したのである。


あの鋼鉄グローブを装着したアビゲイルのパンチを食らったら、いったいどうなるのだろうかと。それは頭が陥没する程度では済まないだろう。きっと頭部が木っ端微塵に消し飛ぶのではないかと想像してしまう。


すると静まり返っていた店内でジンさんが言う。


「なるほどのぉ。こいつも可愛い顔してゴーレムって訳かい」


「何が言いたいんだい、ジンさん?」


「ダンジョンで出合うゴーレムって奴らは巨漢でゴッツイ。そして武器も持っていなくハードパンチャーだ。素手ゴロで挑んで来やがる」


俺はアビゲイルを一瞥してからジンさんに返した。


「なるほどね。アビゲイルもゴーレムだからハードパンチャーってことかい……」


確かにジンさんの言う通りだと思う。アビゲイルはハードパンチャーだ。何せ素手でゴブリンの頭をカチ割れるのだから。


そして俺はアビゲイルを見詰めながら言う。


「ならば、アビゲイルのスタイルは、ハードパンチャー系で行ってみるか」


また方針がひとつ決まる。しばらくアビゲイルにはパンチのみで戦ってもらおうか。




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