第12話【冒険に出発】

俺が小鳥の囀りで目覚めるとベッドの横にはアビゲイルが無表情なまま立っていた。これが俺のここ最近の朝である。


アビゲイルは夜にやれる仕事を終えると毎晩ベッドの横に立って寝ている俺を見守っているのだ。護衛の積もりらしい。


正直最初は無気味で怖かったが三日も経つと慣れてしまった。本当に人間の順応性には驚かされる。


そして、俺は寝巻きから洋服に着替えながらアビゲイルに今日の予定を告げた。


「アビゲイル。今日は昨日受けたゴブリン退治の依頼をこなすために洞窟側のギネス村まで馬車で移動するからな。朝食を取ったら荷物を纏めて旅立つぞ」


『畏まりました、マスター』


それから俺はドロシー婆さんが用意してくれた朝食のサンドイッチを食べると旅の荷物を異次元宝物庫にしまってから町の馬車乗り場まで移動する。


町の馬車乗り場には様々な旅人が朝から屯していた。旅商人から冒険者風の人々と様々である。


そして、俺が件の馬車が出発するまでの間、ベンチに腰掛けながら待っていると知っている顔の娘が現れた。それは冒険者ギルドの受付嬢であるジェシカだった。


「おはようアトラス。これから出発なの」


「おはよう、ジェシカ。そうだよ、これから初冒険に出発だ」


俺はワクワクを表情から溢しながら答えた。


当然のように挨拶を交わす幼馴染だったが、これは偶然ではないだろう。ジェシカは知っているはずだ。今日俺がゴブリン退治に出ることを──。


だから彼女は待ち伏せしていたに違いない。


何せ俺が提出した冒険の依頼書を処理したのはジェシカ本人なのだ。だから今日出発することだって彼女ならば簡単に予想出来たはずである。


そんな偶然を気取るジェシカに俺は訊いてみた。


「ジェシカはこれから仕事なのか?」


「ええ、これから出勤よ。ギルドの寮から出てきたらアトラスの顔が見えたから声を掛けたのよ」


「するとジェシカが住んでいる寮はこの辺にあるのか!」


俺はキョロキョロと辺りの建物を見回したが外観だけでは寮がどこだか分からない。なのでジェシカに直で問う。


「ジェシカ、お前の住んでいる寮はどこなんだよ」


「変態になんて教えてあげないわ。またパンツとかブラを盗まれたらたまらないからね」


「別に俺はお前のパンティーやブラが欲しくて住んでいる場所を知りたいわけじゃあないんだ。ただ俺は夜になったらこっそりと忍び込んでジェシカの隣に添い寝がしたくて訊いてるだけなんだぞ」


「それなら尚更駄目だわ……」


「まったく貞操の極硬な娘だぜ。だが、そこが魅力的なんだがな!」


「もう変態なことばかり言ってないで、本当に依頼を一人で受けて大丈夫なの?」


「ああ、アビゲイルが居るから戦力的には問題ない」


「二人に見えるけど本当は一人なんだから無理しないでね。危ないと思ったら帰ってくるのよ」


まるでジェシカの口調はお姉さんを気取っているような感じであった。俺のことをシネマ村に残してきた弟だとでも思っているのではないだろうか。


しかし俺は心配してくれる幼馴染を適当にあしらう。


「へいへい、分かってますよ~」


こうして俺がふざけて見せると馬車の御者が出発を大声で告げる。


「ギネス村までの馬車が出発します。お乗りのお客様はお早めにお乗りくださ~い」


「それじゃあ行ってくるぜ、ジェシカ」


馬車の荷台に次々と商人たちが乗り込むと最後に俺が乗り込んだ。すると馬車がゆっくりと走り出した。


俺は見送るジェシカに笑顔で手を振ったがジェシカは馬車に背を向けて歩いて行ってしまう。なんとも無愛想だった。


それでも早朝の爽やかな風がジェシカのポニーテールを緩やかに揺らしている光景が俺の心を宥めてくれた。


ジェシカの後ろ姿が可愛く映る。特に細く括れた腰と連なる大きなお尻が魅力的だった。


「ギネス村から帰ってくる際にお土産でも買っていってやろうかな。きっとジェシカも喜ぶだろうさ」


そんなことを俺が考えていると、馬車に揺られながら隣に座るアビゲイルが俺に言う。


『幼馴染との永遠のお別れの言葉が、あれで良かったのですか、マスター?』


「お前、思いっきり不吉な言い回しをするな……」


これは焼いているのか?


もしかして、ゴーレムなのに焼いているのですか?


だとすると桃色水晶球の性能は尋常ではないだろう。有能なAI並みだぜ。


そして、その日のうちに俺たちが乗った馬車はギネス村に到着した。だが時刻はもう夜である。なので俺は村の宿屋に部屋を一室借りる。一泊してからゴブリン退治に向かう予定を立てた。


その部屋は狭くてボロい部屋だった。透き間風が入ってくるしランプの周りには虫が飛んでいる。ベッドもボロボロだった。


「汚い部屋だな。これなら野宿でも変わらなかったかも知れんぞ……」


するとアビゲイルがいつもの真顔で言う。


『ならば私が一晩掛けてお掃除いたしましょうか?』


「いや、五月蝿くなるから掃除なんかするなよ。それにここに泊まるのは一晩だけだ。明日になったら件の洞窟に向かって旅立つからさ」


『畏まりました、マスター』


そして、俺がベッドに潜り込み、アビゲイルは椅子に座って動きを止める。


まるでアビゲイルは電源が切れたロボットのように動かない。なので朝まで俺はゆっくりと眠れた。


こうして見ると、アビゲイルってやっぱり人形なんだよな。


そして、俺が朝に目覚めるとアビゲイルが座っている椅子の前には知らない男が倒れていた。男は片目に青短を作って鼻から血を垂らしている。


「誰……。この中年のおっさんは……?」


怯えながら俺はベッドから起き上がるとアビゲイルに訊いてみた。


「アビゲイル。そちらの御方はどちら様ですか?」


アビゲイルは倒れている男を一瞥すると冷めた口調で言った。


『昨晩マスターが寝静まったころに部屋に忍び込んで来たので撃退しました』


「と、盗賊かな?」


『おそらくは泥棒の類いだと考えられます』


「まったく怖い世界だぜ……。村の宿屋で寝ているだけなのに、堂々と泥棒が忍び込んでくるなんてよ……」


俺は背伸びをするとアビゲイルに言う。


「アビゲイル。そいつをロープで椅子に縛り付けたら放置して出発するぞ。盗賊風情にかまっていたら切りがないからな」


『畏まりました、マスター』


そして俺は異次元宝物庫からロープを取り出すとアビゲイルに手渡した。アビゲイルはそのロープで盗賊を椅子に縛り付ける。


「ところでその盗賊は生きてるのか?」


『以前マスターに敵対する人間に関しては命令がない以上は殺すなと指示されていますので殺してはいません。ただ気絶させているだけです』


「その判断は正解だぞ、アビゲイル」


『お褒め頂きうれしゅうございます』


盗賊を縛り終わったアビゲイルが一礼する。


それから俺は部屋を出る前に盗賊の靴とズボンを脱がせた後にパンツも脱がして下半身をスッポンポンにしてやった。


「これでよし」


これだけ辱しめれば泥棒も反省して真面目に働く道を歩むだろう。たぶんね──。


それから俺たちは宿屋を出てゴブリンが巣くう洞窟を目指して出発した。盗賊は部屋に放置である。後々どうなるかは知ったこっちゃない。


ここからは森の中を徒歩で進む。洞窟のゴブリン以外にもモンスターと遭遇するかも知れない。気を引き締めて行かなければならないだろう。







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