第8話

「と、当主様……」


「うるさい! 貴様に当主と呼ばれる筋合いはないと言っているだろうが!」


 私がカルバスにつれられていくと、そこにいるのは新しい使用人に対して暴れるソルタスの姿だった。

 そのソルタスに複雑な表情を作りながら、カルバスは床を指さす。


「……どうやら旦那様は、あれを飲んでしまったようで」


 そうやって指さしたのは、からになった空き瓶だった。

 私は無言でその空き瓶を拾う。

 決して私は薬品に詳しくない。

 けれど、それが何であるのかすぐに理解できた。

 なぜならそれは、かつて有名になった秘薬なのだから。


 ……飲む量によっては、数年間の記憶を失うという。


「カーナリア!」


 ソルタスが救いを求めたような顔をして、こっちによってきたのはその時だった。


「何が起きているのだ? 葬式はどうした? この屋敷の状態は一体……」


 それを聞きながら、私は思う。

 この様子なら、ソルタスが失った記憶は大体二年程。

 ちょうど、お義母様が亡くなった時ではないかと。

 そんなことを考えながら、私はソルタスの問いに答えることなく口を開く。


「ねえ、貴方の書斎においていた書類はどうしたの?」


 何の感情も見せない言葉を。

 それに、ソルタスは少しおどおどとした様子で告げる。


「書類? ああ、離縁のあれか。あんなでたらめの書類すぐに捨てたぞ。あんな嫌がらせをしたのも、この周りにいる人間達か!」


 そういって、カルバス達をソルタスがにらむ。

 だが、それをみる私の表情が一切変わることはなかった。

 ただ、淡々と告げる。


「お義母様の遺書も偽物だと思ったの?」


「……遺書?」


 私の言葉に、ソルタスの顔がわずかに歪む。

 隠しきれない罪悪感の浮かぶ表情を。


「な、なあ、カーナリア。あれが本物な訳ないよな?」


 そういいながら、何かを探すように目を泳がせた後、ソルタスは近くにいる人間に叫ぶ。


「本当におまえ達が使用人と言うならば、早く朝のゴミを持ってこい!」


「そ、それが今日のゴミはもう燃やしていて……」


「っ! いい、燃えさしでもいいから早く……」


「もういいわ」


 私が口を開いたのは、その時だった。

 先ほどまでソルタスと言い合っていた使用人を見て、私は口を開く。


「ソルタスは突然の事態に困惑しているわ。早く寝室で休ませてあげて」


「待て! 私は何も状況が……」


「いきなさい」


「カーナリア!」


 私の言葉に、叫ぶソルタス。

 しかし、使用人達はソルタスを素直に連れて行く。

 その姿を見送り、私は小さくため息をつく。


「奥様、お願いがあります」


 ……カルバスが、私の方へと深々と頭を下げたのはその時だった。


「──どうか、旦那様の記憶が残るまでこの屋敷にいてはくれないでしょうか」



 ◇◇◇



 明日から一話更新となります。

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