第7話

 翌朝、目が覚めた私はすぐに動き出していた。

 挨拶もそこそこに、すぐに呼び出していた馬車のところに向かう。


 ソルタスが古い使用人を解雇して以来、私と親しい使用人は決して多くない。

 挨拶をしなければいけない人間は、そもそも多くないのだ。

 しかし、それを考慮しても速い速度で私は準備を整えていく。


 ……その理由は、私の胸の中に浮かぶ嫌な予感だった。


 昨日寝る時に感じた違和感、それは朝が来ても私の中から消えることはなかった。

 それどころか、さらに強くなったといってもいい。

 そして、その違和感に突き動かされるまま、私は動いていた。


 向かう先は、ソルタスの部屋。

 そこには、昨日の書類と離縁用の申し込み書があるはずだ。


 もちろん、ソルタスが離縁の申し込み書におとなしく書いているかどうかは分からない。

 ただ、どちらにせよそれを回収し、私はこの場所からでていくつもりだった。

 正直な話、もうここまでくれば離縁の申し込みにソルタスが署名しなくても、時間の問題でしかないのだ。

 それだけの材料を私は用意していたのだから。


 ……なのに、どうしてここまで胸のざわめきが消えないのか。


 どうしようもない胸の違和感を感じながら、私は昨日のソルタスの書斎の扉に手をかける。


「っ!」


 私が違和感に気づいたのはすぐのことだった。

 その原因は机の上。


 そこにおいてある書類が消えていた。

 その光景に、私はただ呆然と立ち尽くすことになった。

 自分の中に残る冷静な部分は淡々と告げる。

 ここに書類がないということは、捨てられたのではないかと。


「……どうして?」


 しかし、頭ではそう理解しながら私は目の前の光景が受け入れられなかった。

 こんなことがあるなど、私は想像していなかった故に。


 別にここにある書類が捨てられてても私に大きな打撃はなかった。

 私がここに書類を置いていった理由、それは別にそれが失われても問題がないと判断したからだったのだから。

 というのも、捨てたところで署名をしないのと同じ。

 時間を稼ぐ程度の意味しかないのだから。

 何せ、私が国王陛下や公爵家当主の協力を得ているとい事実は変わらないのだ。

 だとすれば、私はもう一度署名を集めてくればそれでいい。

 遺言も国王陛下や公爵家当主には見せている。

 つまり捨てられても問題はないのだ。


 けれど、その上で私はソルタスが書類を捨てることはないだろうと考えていた。

 無駄なことをしない、もっと賢い手段をとるだろう。

 そんな信頼は、もうソルタスに抱いていない。


 ……ただ、お義母様の遺書を捨てることだけはないと、私はそう思っていたから。


 だから、目の前の光景に私は平静心を奪われてしまう。

 背後、慌ただしい足音が響いてきたのはその時だった。


「っ!」


「奥様、ここにいましか!」


 私が反射的に振り返ったのはのと、カルバスが部屋に入ってきたのはほぼ同時だった。


「私はもう……」


「今はそんなことよろしいのです! どうか、一瞬だけついてついてきて下さい」


「は?」


 血相を変えたカルバスに、思わず私の表情は怪訝そうなものになる。


「……旦那様が記憶喪失になりました」


 次の瞬間カルバスが口にしたのは、想像もしない言葉だった。

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