第21話 クレイジーガルム

 何だ……。どうして何も言ってこない? どうしてこんな微妙な距離で止まったんだ。こいつは一体何をしようとしているんだ?

 嫌な予感がどんどん強くなっていき、ショットガンを持つ<ガルム>の腕がわずかに動いた。その瞬間、僕はどす黒い明確な殺気を感じた。


「――!! バルト、<ガルム>から距離を取れ! 攻撃してくるぞ!!」


『なにっ!?』


 言った瞬間、<ガルム>は素早くショットガンを構えいきなり発砲した。僕とバルトは急いでその場で散開しディバイン粒子の散弾を回避する。


『うわっ! ぎゃああああああああああああ!!!』


 ショットガンの弾は街の建物や行動不能になっていた<ゴブリン>を撃ち抜き、パイロットの絶叫と共に機体は爆散した。

 その爆発の影響で周囲の建物が燃えさかりながら吹き飛び被害が広がっていく。


「なっ……何をしてるんだ、あんたは!! いきなり攻撃してくるなんて! それに動けない機体とパイロットを手に掛けるなんてどうかしてる!!」


 <ガルム>に通信回線を繋げてその非道な行いを非難すると、少し間をおいてから男の笑い声が聞こえてきた。


『アハハハハハハ!! 今のを避けるなんて良い勘してるじゃないの!』


「何を笑って……!?」


『こいつ……いかれてやがる!』


 人を殺して笑う相手の異常さに僕もバルトも驚きを隠せない。

 今まで様々なサルベージャーと相対したことはあったが、ここまで本能的に危険と感じる相手は初めてだ。


『さっきのアサルトフレームを破壊したことを怒っているみたいだけど、あれはお前の知り合いだったのかい?』


「知り合いではないけど、そんなの関係ないだろ! 人が死んだんだぞ!!」


『いやいやいや、関係大ありだよー。さっきオレが吹っ飛ばしたのはこの街を襲い、お前等が戦っていた奴だ。つまり敵って訳だ。――なら本来はお前等が始末してしかるべき相手だったって事だろう?』


 憤る僕とバルトとは対照的にまるで談笑でもするかのようにおどけながら会話をする<ガルム>のパイロット。

 人を手に掛けた直後だというのにこの人物には全く罪悪感が見られない。この瞬間、この男とは価値観がかなり違うのだと感じさせられた。


「殺さずに済むのならそれに越したことはないはずだ!」


『――それってつまり、相手を殺す殺さないは自分のさじ加減で決めるって事かい? おいおいおい、随分傲慢な考えじゃないか。そんなんだったら、立ち塞がる敵はもれなく全員ぶっ殺すっていう考えの方が一貫性があっていいと思うけどねぇ』


『そんな戦争じゃあるまいし……。オレ達はサルベージャーだ、人殺しじゃないぜ』


 問答が一旦終わるとこっちも相手も無言になる。この重苦しい沈黙の中で緊張感が高まっていき身体中から汗が噴き出す。

 操縦桿を握る手に無意識に力が入る。――やるしかないか?


 そう思っていた時、機体のセンサーが生体反応を捉えた。信じられない事に<ガルム>の目の前に人が立っている。

 僕はその姿に見覚えがあった。その人物は昨日<ガルム>を競り落とした人物だったのだ。


「あれは昨日の競売で<ガルム>を購入したサルベージャーじゃないか! それじゃあ、あの機体に乗っているのは誰なんだ!?」


 事態が飲み込めずにいると彼は<ガルム>のパイロットに向かって何かを言っており音声を拾ってみた。


『――おい、貴様! 何処の誰だか知らないが、その<ガルム>は私が昨日大金をつぎ込んで購入した機体なんだぞ!! すぐにコックピットから降りてこい。そうすれば今なら半殺しで許してやる!!』


 <ガルム>の足元で腕を振り上げながら怒声を上げている。完全に頭にきているみたいで彼はこの状況の危険性に気が付いていない。


「危険です。今すぐにそこから離れてください! ――早く!!」


 機体の外部スピーカーをオンにして、その位置は危険だと伝えるも興奮している彼の耳には届いていないみたいで離れようとはしない。

 その時<ガルム>が片足を大きく上げた。サルベージャーの男性は驚いているのかその場から動こうとしない。

 ――そして<ガルム>は上げていた足を勢いよく下ろし男性を躊躇なく踏み潰した。


 その瞬間の凄惨な映像が目に入り吐き気がこみ上げてくる。

 口を押さえて胃の内容物を吐き出さないようにしていると、<ガルム>は足をグリグリと左右に動かし亡骸を地面に擦りつけた。

 

『全く……動いてるAFの前に立ったら危ないとか習わなかったのかねぇ? って言うか、別に誰かに教えてもらわんでも普通に危険だって分かりそうなもんだけどな。だからこんな目に遭うんだよ。――お前等もそう思うだろ?』


 <ガルム>の赤い複眼がこちらを睨む。AFの装甲越しに寒気がするほどの殺気が叩きつけられる。

 自分の中で相手の危険さのレベルが何度も更新されていき、そのかけ離れた価値観を前に同じ人間とは思えないと感じた。


『――ヤロウッ!!』


 バルトも同じように思ったのか<カグツチ>の両肩と両脚に装備しているミサイルランチャーのカバーを開き発射態勢に入った。


「バルト駄目だ!! この位置でミサイルを撃ったら『アハジ』の中心街が火の海になる。奴を引きつけながら後退して街の外に誘き出そう! 殿しんがりは僕がやるから先に行ってくれ!!」


『カナタ……分かった、後退する!』


 <カグツチ>が街の外に向かって移動を開始したのを確認して、<ガルム>を誘う為に<タケミカヅチ>を対峙させる。

 こんな状況だというのに自分が驚くほど冷静な事に気が付く。

 目の前で人が惨殺されて憤りも恐怖も感じているのにパニックにならず、思考は『どうすれば被害を最小限に抑え相手を殲滅できるか』という戦略を組み立て始めていた。

 <タケミカヅチ>に乗って初陣を経験した時から自分の中で何かが確実に変化していた。


『……へぇ、少し驚いたな。あれだけ甘いことを言っていた割には随分冷静じゃないの。逃げたふりしてオレを街の外に誘導するのが狙いなんだろ? いいぜぇ、乗ってやるよ。だからちゃんと楽しませてくれよぉ!!』


 <ガルム>は背中のバックパックに懸架けんかしていたバズーカを手に装備して砲口をこちらに向けた。


「――くそっ!!」


 <タケミカヅチ>の全スラスターとバーニアを噴射し地上を滑るようにして移動を始める。

 それと同時に敵がバズーカを発射し始めた。

 放たれたロケット弾は建物を吹き飛ばして周囲を焼いていき、爆発で飛んできた破片が機体の周りに展開されているDフィールドに当たって弾け飛ぶのが見えた。

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