遊びにもならない
ゆーすでん
遊びにもならない
「お酒強いって聞いてたのに、珍しいっすね。」
ほぼほぼ接点の無い別部署の年下君が、不思議そうに話しかけてくる。
親睦会と銘打った会社の飲み会の席で、私は寝たふりを決め込んでいた。
右斜め前には、ずっと気になっている上司。何年も思い続けて部下としての信頼は
得たけれど、恋愛対象になることは無い。
お酒も入って同僚たちと恋バナで盛り上がっている。
上司から出る恋バナなんて聞きたくないのに帰る訳にもいかず…といった理由で
今に至る。
誰かが隣に座ったなとは思ったが、まさか話しかけてくるとは。
思わず瞼を開けてしまったのを隠すべく、ゆっくりと顔をあげて隣を見る。
「どうしたんすか? 酔いすぎました?」
放っておくという選択肢は、彼にないらしい。
じっと見つめたまま、私の言葉を待っている。
「ん~。かもね。なんか、眠い。」
何か言わないとずっとこのままな気がして、何とか言葉を絞り出す。
「つまらないんすか?」
放っておいて欲しいのに、会話は続く。敢えて不機嫌そうに答えてやろう。
「そうだね。私のことはいいから、みんなと楽しんだら?」
「じゃあ、俺と話しませんか? そうだ、俺に付いてきてください。」
全く空気を読もうとしない彼は、呆れて言葉も出ない私の手を引き上げ
「具合悪いみたいなんで、送っていきます。おつかれした。」
何て言って、手を握ったまま店を出る。
あれよあれよとタクシーに乗せられ、着いた所は彼の部屋。
ワンルームの部屋に「どうぞ」と招き入れられる。
なるほど、独身男性ぽい散らかり具合。
自分でも、どうして付いてきたのかわからない。
ただ、あの時話しかけてくれたことに少しだけ心がときめいて、
彼を知りたくなったのだ。
遊びに付き合うのも、悪くないかなと思い始めてもいた。
上着をハンガーに掛け終わると、こちらを振り向き
「あ、ビール飲みます?」
頷くと、冷蔵庫からビールを二本取り出して片方を渡してくる。
ネクタイを緩めながらプルタブを立ち上げて、私が持っている缶にコツンとぶつけるとごくりと一口飲みこんだ。
のどぼとけが上下する様に、男の人なんだなと改めて実感する。
起き抜けのままのベッドにぼすっと座り込むと、ここに座れと横をポンポンと叩く。
大人しく座り、缶を開けて一口飲んだ。
缶が床に置かれる音が隣から聞こえて、「そろそろなのか?」と軽く身構える。
肩にずしりと重みを感じて、彼が私に頭を預けているのが分かった。
慌てて抱き留めるも、彼の腕が私を抱きしめることもない。
もしや、これは?と思うより先に、「すー、すー」と規則正しい呼吸音が
聞こえてくる。
やっぱりかと苦笑しながら、ベッドに寝かしつける。
気持ちよさそうに眠る彼に、一言呟いて部屋を出る。
「声を掛けてくれて、ありがとう。おやすみ。」
部屋を出ると、大きなため息を一つ吐き出した。
それにしても、彼は一体何がしたかったのだろう。
妙に可笑しくて肩が揺れてしまう。
少し大きめの通りに出ると、ちょうどタクシーがやってきたので
迷わず止めて乗り込んだ。
「遊びにもならなかったな」
その後、すぐに私は他県の支社へ異動となり彼に会うことは無かった。
あの時、朝まであそこに居たら何か起こっていたのだろうか。
今更考えてももう遅い。
そんな、何にも起こらなかった忘れられない夜のお話。
遊びにもならない ゆーすでん @yuusuden
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