外伝:一方その頃なベルリ子爵の一日・夜



 午前と昼で大まかな領主としての仕事を終えると残りのルベリの時間は大体執務室で缶詰めになる。

 主に行うことはその日にベルリ領であったことの報告をヤハトゥから受けること、



〈報告を行います。――予定されていた農地区画γ-2Tの土壌整備を終了。生産体制に移行します。また本日、正式な移住者が二世帯の計八人決定しました〉


「おー、増えたのかいいことだな。しかし、二世帯か……家族単位とは珍しいな」


〈回答を行います。――彼らは北部の村で酪農をしていたらしいですが、モンスターの襲撃にあい家畜に被害が出た模様。その地の領主からの補償も受けられず、廃業するしかなかったところに馴染みの行商人からの話を聞きこちらに来たようです。裏も取れています〉


「家畜がダメになって一家が路頭に迷っていたところに……ってことか。それに酪農家か」


〈肯定します。――酪農に関する技能、知識に関しては未だに蓄積が足りていないため迎え入れることを決定しました。このまま進めてよろしいでしょうか司令官〉


「うん、いいんじゃないか」


〈了解しました〉



 後はその行動に認可を与えるのもルベリの仕事だった。

 ヤハトゥは途轍もなく優秀で大体のことを完璧にこなし、サポートもしてくれるが彼女に全てを任すわけにはいかない。

 最終的に認める権限をルベリとディアルドのみが保有している。



 だからこそ、大事な仕事だ。



〈報告を行います。――それから住民増加に伴い、予定していた上下水道の延伸の進捗状況に関してですが……〉


「うんうん、そんな感じで進めておいて」


 それは重々承知の上でルベリは言いたかった。

 報告量が多すぎて処理が出来ない、と。


 彼女はディアルドが人材を集めようと躍起になっていた理由が最近身に染みてわかってきた。

 ルベリティアが発展すればするほど、それに伴う処理が増えていくのだ。


 一応、移住に関しては制限しているというのにこの始末。

 このままではどうなってしまうのか……切実に彼が人材を引っ張ってくるのをルベリは期待していた。


「はー、これで今日の報告も終わりか?」


〈回答します。――あとは税に関する試算が残っています〉


「税、ね……ああ、そう言えばそんなこと言っていたな。でも、税って必要か? ああいうのって負担を分担するためのものだろ? 道を作ったり、モンスターを追い払うための人なり物なりを用意するための資金にしたり。でもウチってファティマを働かせてるからなんかそういうの取るのって領民を騙しているような気がして……」


〈――あれも別にコストがかからないというわけではないのですが……。しかし、低コストで圧倒的な労働力なのは事実、イリージャルの生産能力があって建築整備などにベルリ家の財政になんら負担も与えていないので維持管理費という意味合いでも不要と言えば不要です〉


「だろ?」


〈――ですが、我が主の意向として「税は取れるだけ取っておけ」と〉


「えぇ……」


〈――「他の領地よりも圧倒的に整備された環境なのだからそれに準じた税を取るべき。無税とかにしたら移住希望者が一斉に押し寄せてくるぞ。ついでに領民を取られたと怒鳴り込んでくる貴族とかもやって来る未来が見える」〉


「よし、やめよう。税はしっかり取ろう」


 ディアルドの予測にルベリは一瞬で掌をひっくり返した。

 今でさえ、徐々に仕事量が増えてきているのにそんな厄介ごとなんてやってられない。


 仕方なく彼女は税を取る方針にすることにした。

 領主歴一年にも満たないルベリは財政に関して全くと言っていいほど頭を悩ませる必要がない領地経営という、他の領主が聞けば怒り狂うこと間違いなしな現状に理解も薄く不承不承と言った風情だ。


〈了解しました。――高福祉高負担のスタイルでルベリ領は運営していきましょう。取った税を還元する形で祭りとかを行えばよいのではないかと提言します〉


「んー、それもそうだな。……そういえば税で思い出したんだけど領主って国に納め税がなかったっけ?」


〈回答します。――安心してください、ドルアーガ王国においてベルリ領は開拓領地扱いとなっているため期間限定ではありますが税を払わなくなっていいこととなっています〉


 ヤハトゥの言葉にディアルドが同じようなことを言っていたのをルベリは思い出した。

 本来は恐らくは開拓したばかりの土地で税は碌に払えないからこその措置なのだろうが……。


「…………」


 彼女は無言で窓の外の自らの領地を見た。

 既にルベリの生まれ育った街であるオーガスタよりも整備された街並みと広大な農地が広がっている。

 更に言えば人の増加と合わせる形でルベリティアを拡大させていく計画も進んでいたりもする。



 この状態で開拓領だからって特例を盾に税を払わないのは詐欺ではないかな、と彼女は率直に思った。



 思った、が胸に留めておくことにした。

 税を取ることに関しては不慣れなルベリも別に金をとられたいわけではないのだ。



 税を取られないならそれに越したことはない。

 彼女は領地の為に今日もまた一つ、大人になった。



 それはそれとして。

 報告の時間が終われば彼女に待っているのは勉学の時間だ。

 しがない一市民として生まれ育った彼女には学ぶべきことなどそれこそ腐るほどあった。


「えーっと、ウィンチェスター家にエルデール家? ここが親戚関係でそれで……えっと?」


 まずは単純にルベリには王国の知識が不足していた。

 一市民のままならば問題は無くとも、それよりも上の立場なら必須の知識というものはある。


 それは王国の歴史だ。

 歴史のことなど市民として生きるには必要は無いが、貴族として生きていくには必要不可欠となる。


 ディアルド曰く、貴族の世界というのは歴史の世界。

 貴族の家一つ一つが王国の歴史と紐づいており密接に絡んでいる。


 有力な貴族の家やダメな貴族の家、貴族の家同士の関係などなど。

 彼がピックアップに限定しても驚くほどに覚えることが多い。


 更には国の成り立ち、それに紐づく形での王国の法学の施行。

 そして、王国の他の地方の特色なども学んでおくに越したことはないと言われて彼女は学んでいた。


「つーか、兄貴ってやっぱスゲーな。なんでこんなに詳しいんだろ」


〈回答します。――我が主は来歴としてそのような公的部署に身を置いていた時期があったと言っていました。恐らくはその時に学んだのでしょう〉


「ああ、そう言えばそんなことも言ってたな」


 無論、それらのことは最近までラグドリアの湖の底に居たヤハトゥでは教えようがない。

 これらは全てディアルドがあらかじめ彼女に教えたものだった。

 エリザベスも多少は手伝ったのかもしれないが、大部分は彼のものであることは間違いない。

 

 その他にも歴史を学ぶと同時に領地を治めるために必要な知識を彼女は学ばなくてはいけなかった。

 実務的なものにおいてはヤハトゥのサポートがあるため問題なく運用できるだろうが、それはそれとして学ぶに越したことはない。

 他にも礼法なりなんなりと詰め込んでいくのは大変な作業だ。


「貴族って凄いんだな。こんなに覚えなきゃいけないことがあるなんて」


 学ぶことの多さに貴族に対する認識が少し変わりそうになったが、かつての自身の雇い主であったロナウドのことがふとルベリの頭に過った。


「いや、結局は人によるのか……うん。ああはならないように学んでいい領主にならないと」


 そう思い直し、まだ寝る時間には早いのでもう少し頑張ろうと改めて気合を入れ直しながら思い出したようにヤハトゥへと尋ねた。



「そういえばオーガスタの領主ってどうなるんだ? あそこはサーンシィーター家が実質的に影響力を持っていたみたいだけど」


〈回答します。――サーンシィーター家は嫡男のロナウド・サーンシィーターによる王家の詐術行為。それと現当主の助成金の横領が発覚していますからね。どのような処分になるにしろオーガスタが以前のまま、ということはないでしょう〉


「だよな」


〈――現状、王国から派遣された代官によって治められていますが、あくまで臨時の処置であり最終的にはサーンシィーター家の代わりに領地として渡されるのではないか、というのが商人たちの見立てとなっています。直轄領にするには今の時世では難しく、かといって現状のままというのも難しいでしょう〉


 現状、ベルリ領での交易が盛んになって来ているということはその中継地であるオーガスタもまた活性化しているということだ。

 今後のことを考えるとやはり代官を置いて治めるより、ちゃんとした領地として治めさせて税を取った方が王国としてはいい。




「となると問題は誰が治めるか、か。お隣さんというには少し遠いけど、変なやつじゃなければいいんだけどな」


〈肯定します〉




 そんな会話をしながらルベリはその日の勉強を終えると城の中に誂えた浴場で疲れを癒し、そして明日に備えての就寝の準備に入った。




「はー……早く三人とも帰って来ないかな」




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