外伝 第六話:ファーヴニルゥ日記 その⑤


 ■月■日


 今日は引っ越しの日だ。

 ルベリがベルリ領を賜った貴族になったため、いつまでもオーガスタに居続けるわけにもいかなくなったからだ。


 まあ、領主が別の領地に居座っているのも外聞が悪い。

 特に彼女は元は平民出身の成り上がりだ、注目されている今こそ行動的な姿をみせるべきというのがマスターの意見だった。


 ルベリもそのことに関しては自覚していたのか、自らが授かった領地を発展させようという気概はあったのだが現地に連れていくと心が折れそうになっていた。

 現在のベルリ領は領地とは名ばかりのかつてただの荒れ地でしかないので、貴族になれたと最近少し浮ついていた彼女には現実を突き付けられたようで心に来るものがあるのかもしれない。


 確かに一から作り上げるのは大変そうだ。

 しかも領民とかも居ないし。


 まあ、僕としてはマスターがやる気な以上どこまでもついていくのだが……そこら辺はともかくとして。


 そう言った経緯もあって僕たちは生活拠点をベルリ領へと移すことになったのがここで一つの問題が出てくる。

 長年、奪われていた土地だけあってベルリ領には人工物がほとんど残ってないのだ。

 元は街であったヒルムガルドも跡地と呼ばれていたほどに建物の残骸がかすかに残っている程度。


 つまりは生活をするための場所が無い――という問題だ。


 建物を建てるのは一朝一夕にはできないし、そもそもが街からも遠い荒れ果てた土地だ。

 街中で新たに家を建てるのとはわけが違う。


 そこでマスターが選んだ方法はテントだった。

 一先ずはテント暮らしで凌いで、領地の整備が一段落してから改めて家は建てればいいと考えたのだ。


 とはいえ、そこはマスターだ。

 テント暮らしを決めたとはいってもマスターは生活環境を出来る限り整えることに妥協するつもりはないのか、市販されているテントではなく魔法のテントの購入を決めた。


 魔法のテントというのは元はドルアーガ王国軍が開発した軍事用の魔法技術によって作られたテントだ。

 非常に上部で耐久性に優れ、外と内に一種の結界を構築することによって内部の状態を快適な状態に保ち、更には空間拡張技術によってテント内の内部に要領に限界があるものの物を収納して持ち運びが出来るという優れモノだ。

 近年、復活させることが出来た古代の魔法技術を併用することで完成に至ったらしい。


 一応、軍事技術の一環として発明されたものだが数点ほど民生用品としても開発され売られているらしく、マスターはそれを欲したというわけだ。

 当然、それだけの魔法技術が使われているだけあって平民が手を出せる値段ではない。


 だが、それをマスターは購入した。

 金貨五百枚を使ったらしい。


 その話を聞いてルベリは卒倒しそうになっていた。

 確かに一括で使う金額ではない、僕も驚いた。


 それに加えて他にも色々とマスターはこの引っ越しの為に金貨を散在していたことが発覚し、ルベリは「いくら莫大な恩賞が貰えたからと言っても使い過ぎじゃ」と苦言を呈そうとしていたがマスターが用意していたテントの中のベッドの魅力にあえなく撃沈した。


 凄いふかふかだ。

 何なら前のオーガスタの家のベッドよりも寝心地がいい。

 他にも調度品一式が購入した魔法のテントの中には取り揃えられていた。


 どれも決して安くはないが、かといって華美過ぎるほどではない品のいいものばかり。


 マスター曰く、「ふーはっはァ! テント暮らしだからと言って質素倹約など俺様ではないわ! 当然、お前たちにもな!」とのことらしい。


 ルベリとしても別に好きこのんで慎ましく暮らしいわけでもないのだろう。

 何とも注意したいけど注意できない、みたいな表情でマスターのこと見ていたがあまり気にしなくていいんだけどなぁ。



 だってマスターが使ったのって多分――



 ■月■日



 ベルリ領での生活にも慣れてきたかもしれない。



 街での暮らしとは違い、店がすぐ近くにあるわけではないので利便性は確かに低くはなった。


 だが、それでもここには自由があった。

 

 オーガスタ近郊では誰かに見られる可能性を考慮してどうしても僕は性能を抑えながらの活動を余儀なくされたが、領民も居ないベルリ領でなら気にする必要は特にない。

 マスターに指示されるままに土木業務や周辺の敵性モンスターの排除も兼ねた狩猟、空を飛んでの一帯の探索など僕にはたくさんの仕事が任されることになった。



 たくさんの仕事を任せられるということはそれだけ僕はマスターに貢献できているということだ。

 これほどに満ち足りる事実はないだろう。


 ベルリ領での開拓においてまずマスターが優先したのが農地の作成だ。

 農地自体を作ることはマスターの魔法もありさほど難しくはなく、そしてルベリの魔法も応用すれば植物の成長自体を早めることも可能。

 通常なら軌道に乗るまでの作業も魔法を効率的に使うことによって何倍も短縮できるというわけだ。


 流石マスターだ。

 僕にも何か手伝えることあったらよかったのだけども、殲滅兵装として生まれた存在にそんな知識は入力されていないわけで……大人しく僕は僕に任された仕事に専念しようと思う。



 そして、褒めてもらうのだ。



 ■月■日


 今日、ベルリ領に一人の住人が増えた。

 領民というわけではない、住人だ。


 その女の名はエリザベス・ワーベライト。

 黒骸龍事件にて縁のできたマスターが警戒している組織の若き幹部の女だ。


 彼女は唐突にベルリ領へと転がり込んできた。

 話を聞くとここに住み着きたいということだ。


 目的は明らかに僕やルベリの魔法、そしてマスターのことだろう。

 彼女は強い興味を示していたのでわかりやすい。


 一応立場のある人間でそんなに好き勝手にできるのかとも思ったが、強かなことに建前としては縁のできたベルリ子爵の手助けをするためとして上には申請してから来たらしい。


 事実、彼女には色々と手を貸して貰った。

 ルベリの貴族位の就任の後押しは勿論、魔法のテント――正式名称は「蒼の天蓋」というマジックアイテムの購入もワーベライトが間に入っていなければ簡単にはいかなかっただろう。


 そういった意味でマスターとしてもあまりに粗雑に扱えない相手ではあった。

 彼女を通しての王都との繋がりはかなり有用だし、住む以上は勿論開拓作業も出来る限りは手伝うという確約を聞き、マスターはワーベライトを受け入れることに決めたらしい。


 この時代において彼女がかなり有能な魔導士であるのは事実だったからだ。

 その力を借りれるなら――ということなのだろう。


 なに、何かしらマスターに不利益をもたらすようなら排除すればいいだけのことだ。

 こうしてベルリ領に一人、人間が増えることになった。



 ■月■日


 人が生活する上で大切なものに衣食住の三つの要素が挙げられる。


 だからこそ、マスターはまず食の環境を整えようと農地の開拓作業から始めたわけであり、並行してその他の生活環境を整えることにも余念がなかった。


 特に力を注いだのが風呂の存在だ。

 マスターは結構な綺麗好きでお風呂に関しては毎日入らないと気が済まないという性格だった。

 そのために私財を投じてオーガスタの家にもお風呂の設備を充実させたぐらいには。

 当然、そんなマスターが耐えきれるはずもなく、農地の開拓作業と同時進行でお風呂に入れるように色々と試行錯誤した結果、ついに今日完成したというわけだ。


 想定していた以上に早く作れた要因としては転がり込んできたワーベライトの助けが大きかった。

 彼女は水と光の属性を得意とする魔導士だったのでとても効率的に地下水脈の調査が進んだのだ。


 それによって今日からお風呂解禁となった。

 これには皆にっこりした。


 誰だって汚れたままでは居たくはない。

 特に女性ならばなおさら、僕もマスターの所有物として価値を保つという義務がある。


 それに暖かい湯船につかる気持ちよさは身体洗浄用の魔法にはないものがある。

 殲滅兵装としての僕にはどのみち入力されていない術式なので使えないのだが……仮に使えるようになったとしてそちらで済ませるかどうか。


 まあ、無意味な仮定をしても仕方ない。

 一先ず、今日も朝から頑張ったことだしマスターとお風呂に入ることにしようっと!










 ■月■日


 ルベリに昨日のことでマスターと一緒に怒られた。


 どうして。


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