第56話 パーチンを待ち伏せ

 特殊スーツの使用法は、イロハだけをレクチャーしてもらった。

 スーツ自体にチュートリアルとQ&A機能があるので、必要があればスーツに訊けばいいが、その前に必要な場面が来ないことを祈る。


 簡単な打ち合わせを済ませた後、小型転移装置を俺が先頭でくぐり、その後しのぶ、沙織と続いた。


 転移先はスパイ1号がセットした、パーチンが潜伏せんぷくする地下特別作戦本部施設の中で、唯一警備員の居ない、パーチン専用の広い居室内だ。


 事前の情報によると、

・居室出入り口の外側は、腕利きのガードマンが常に複数で見張っていて、要所には監視カメラが配置されている。

・居室内にもカメラはあり、パーチンが入る前までは人が居ないか、何らかの動きがないか、と安全チェックの為に作動しているが、パーチンが入室し、自身の指紋認証で室内からスイッチを切ると、パーチンが室外に出るまでは作動しない仕組みになっている。

・とは言え例外もある。2日に一度程度、2,3の側近から特別な貢物がサプライズとして贈られる時、パーチン入室前に一人の少女をプレゼンターとして入れることができるらしい。 無論、プレゼンターの役割を持つ少女自身が貢物になることもある。


 スパイ1号の報告通り、パーチンは執務室で側近らと会議中らしく、居室内に簡単に仕切られた区画の、どこを探しても人の気配は無かった。

 俺たちは今、不可視モードを使っているが、何かものを動かすと、監視カメラに見つかる可能性があり、極度の緊張感に包まれている。

 スーツは、熱源探知機にも耐性があるらしく、音でも出さなければ見つかる恐れは無さそうだ。


『パーチンが来るのを待つ間、ずっと立ち続けるのは疲れるんだが』


 スーツの消音モードを使って、フライとクモミンに通信した。

 なるほど、俺たちの間では声を出して話しても、外部に音が漏れないとは、実に良くできていて便利だ。

 フライとクモミンが答える前に、スーツ自体が発したと思われる音声が、骨伝導で伝わって来た。


『座位の姿勢でスーツを固定しますか?』


 おお、そんなことができるなら、椅子は必要ないなと、やや緊張感を減じて普通に感心してしまう。


 そうしてくれ、と答えると、俺にだけ聞こえる、短いP音がしてスーツが固定された。

 AIによる重心調整の方法はジャイロ効果とは違うようで、音も振動もない。

 おお、すげえ楽チンだw


 不可視モードでも、味方同士が相互に見えているのは安心だが、

沙織としのぶの、スクワットの途中で止まったような、みょうちくりんな格好はおかしくてたまらない。


『コウタ、そんな変な格好で止まっているのに何を笑ってるの』と、沙織。


『姉さんも、さっきから笑いをこらえてるじゃないの』と、しのぶ。


 こんな危険な任務を帯びて、いつ入ってくるかも分からないパーチンを待っているのに、緊張感が急速に失われている。

 こんなことで大丈夫か?



 10分ほどすると、適度に緊張した男児の声が伝わって来た。


『コウタ、しのぶ、サオリン、今スパイ1号から、パーチンが執務室を出ようとしていると連絡が入った。

 そのまま固定モードで様子を見ろ。

 自分が動こうとすれば、ミリセカンド単位で、固定モードは解除されるから、今の待機姿勢で特に問題はない』


 パーチンの動線を塞がない位置に、全員が配置しているので、俺たちは指示にしたがった。

 全員と言っても、味方同士なら見える筈の、フライとクモミンだけは、小さ過ぎてどこにいるのか全く分からない。

 フライとクモミンの位置を知りたい。

 俺がそう呟くと、二人のいる辺りが青く点滅して見えた。

 スーツが俺の指示を理解して、仲間同士でだけは、彼らの位置が分かるように、青信号タグを付けたらしいw


『そろそろ、パーチンが入室するが、彼との会話は、しのぶ、君に任せる。

 君は一人用のバリアで覆われていて防御は万全だ。

 もし半透明モードを使用した方が話しやすいと、しのぶが判断するならそうしてくれ』


『わかりました、フライさん』


 しのぶの声には、かなり緊張が感じられたが、それも無理はない。

 こんなことは、今までに一度だって経験したことが無い筈だ。

 俺にだって、これに匹敵する経験は、あのワン公との対決だけだw


『他の者は、しのぶがピンチに陥らない限り、不可視モードのままで見守っていてくれ』


 子ども声で、フライが俺と沙織に指示を飛ばす。


『『ラジャー』』

 俺と沙織は、声を揃えて返事した。


『尚、2機の光学迷彩アンドロイドを、

部屋の外で、パーチン親衛隊の攻撃を阻止するべく待機させている。

 ここには一歩たりとも入れさせない。

 パーチン自身には、大した攻撃力が無いだろう。

 特殊スーツを着用した君たちなら、一人でも軽く制圧できると思うが、くれぐれもやり過ぎないでくれ。

 例えパーチンが攻撃に出ても、慌てずに対応するのだ』


 司令官フライに対し、俺たち三人は声を揃える。

『『『ラジャー』』』


 それから1,2分後、この部屋のドアが外から開けられた。

 入って来たのは、あのTVで見慣れている、パーチン大統領その人だった。

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