第54話 カンから予感レベルへ

 あぜんとした。

 うかつだった。

 沙織がこんな行動に出る可能性は、十分に考えられたのに、

こちらに残るべき、重要な役割を沙織に振っておくべきだった、、、

 考え無しな俺が言ったのは、沙織には少しも響かないセリフだった。


「沙織は、留守を守ってくれないかな、何が起きるか分からないし、裏方でバックアップして欲しいのだが」


「何よ、私を家庭に入った妻みたいな扱いをしないでくれる。

 しのぶは私の妹なのよ、私もついて行くわ、絶対に」


 決意をあおっただけだった。


「大丈夫か、、、」


「運動神経なら、私の方が良いかもよ」と、沙織。


「重要なのは、状況判断能力だよ、多少の運動能力の違いは小さな要素だ」


 暗に、沙織には状況判断力が無いから、行ってもじゃまになると言ったつもりだが、、、


「そっちはコウタに任せてるから」


 そんなことは、どこ吹く風という感じで、俺とチームを組むつもりらしい。


「では沙織にも特殊スーツを用意しよう。

 三人とも行くなら、現場には私も同行して、後方から皆をサポートしよう」と、フライ。


 それなら、かなり安心できる。


「じゃあ、あたしも」と、クモミン。


 一層安心で心強い。


「それでは、出発前に、タイムコントロールバリアの中で、

コウタのもつ、いわゆる予知能力に近いものを、効果的に引き出す訓練をほどこそう」


「え、今何て言った!」


 俺のケチな特殊能力に気が付いていたのか、フライのやつ。


「やっぱりあるのね、コウタには、予知能力が」


 何故か、沙織が喜んでいる。


「いや、地球のSFドラマに出てくるような予知能力は、厳密に言うと存在しないのだ」


 フライは落ち着き払って、学者然とそう言った。


「どういうことなの」と、沙織。


 沙織は、喜びに水を差された感じだ。


「うむ、まず時間がもったいないので、みんなをタイムコントロールバリアに入れる。

 クモミン、頼む」


「アイアイサー」


 バリアを張ったらしいが、以前と同じで、目には何の変化も無い。


「コウタ、サオリン、

量子論、量子力学については理解しているか」と、フライ。


「なにそれ」と、沙織。


「僕は上っ面の説明だけなら、見たことがある」と、俺。


「私も初歩の初歩程度の知見ちけんしか持たん。

 量子力学、量子もつれに関する高度の知識、実用化技術に関しては、エターナルの重要機密となっているからだ。


 最も簡単な説明では、

ある粒子を観測し、測定する実験において、

測定前と、測定後では、その性質を変えてしまうことが分かっている。


 予知についても同じことが言える。

 つまり、ある事象を予知すると、予知という観測測定によって、結果が変わるということだ」


「それじゃ、予知にならないわね」


 的確過ぎる指摘を、沙織がしたので少し驚いた。


「詳細な予知は、可観測量かかんそくりょうが大きく、その観測結果を大きく変えることになる。

 可観測量が少ない、漠然とした予感程度の方が、観測結果に及ぼす影響が少なく、実用性があるということだ。

 観測するが、測定はしているか、していない、という程度の予知が使いやすいことが分かっている。


 我々がコウタの存在を偶然知ってから、色々と調査した所、

コウタには実用性のある、予感能力の素質があると見ている。

 潜在能力を伸ばす訓練を施すと、たまに当たるカンが、かなり当たる予感程度までの上昇が見込まれる。

 ここまで来れば、現実的に見て、結構な利用価値がある。

 まあ難しいことは抜きにして、とりあえずやってみよう。

 コウタ、能力アップ訓練に付き合ってくれ」


 訓練の内容は、実験みたいなもので、最初は、並べられたカードから、沙織がどの一枚を引くかを当てるものから始まった。


 訓練に先立ち、フライに予知体験に属する俺の記憶を探られた。

 頭部に、自転車のヘルメットみたいなものを被せるだけの、極めて簡単な測定器だった。


 先ず記憶からピックアップされたものは、先に俺が述べた、サッカーのゴール前のビジョンについてだ。

 ビジョンが明確に見える予知は、結果に大きな影響を与え、予知したものとは異なる結果に変わるそうだ。

 確かに俺は、キーパーが取れるような弱いキックをした。

 これも予知した結果と変わる例だという。

 仮に、強いシュートを放ったとしても、事前にビジョンを見たことが影響を与え、方向が逸れたかもしれない。

 つまり、予知しなかった場合のようには蹴れないということ。


 黒板消し落としの罠についても、ビジョンを見たことで、

罠を俺がはずさなかった場合では、先生が罠に掛かる前に、俺は声を上げたかも知れないし、

俺のソワソワした様子で、先生の接近に気づいた、他の生徒が止めるかも知れない。

 何れにしても、結果は変わる可能性が高いが、

俺の見たビジョンでは先生が、数秒後に引き戸に近づく所までなので、

先生は突然用事を思い出して、逆戻りするかも知れない。

 あるいは、自分で罠に気づくかも知れない。


 ビジョンを見るほどの予知力を発揮することは、予知としては実用性が低いから、その手前程度で抑えるのがコツだと言う。


 良い一例が、あのカラスのフンだ。

 あれは危険を察知して、立ち止まったので、俺はフン害を避けられた。

 あの子に1年間睨まれたという、副作用も生じたがw


 カード引きでは、最初の内は連続で当てたのだが、意識過剰になった途中からは当たらなくなった。

 邪念が入ったということらしい。


 ある程度、カード引きでコツを覚えた俺に対し、次に行われた実験みたいな訓練は、

俺の部屋の窓の下を通る人が、男か女かを当てるもの。

 次は、それに大人か子どもなどの年齡要素を加味すると、簡単には当てられない筈だが、繰り返す内に確度が上がって行った。

 さらに手に何を持って、そこを通るかとか、などと複雑になって行ったが、ビジョンの欠片かけらが見え始めたので、そこで訓練は終了した。


 あまり恣意的な予知訓練をし過ぎると、ビジョンとは別に、肝心な時に危険回避の予感が働き辛いと、フライは言った。

 ある程度覚醒した俺の予感力は、かなり実用レベルに近づいたらしい。

 訓練の後半は、危険回避の予感ではなく、

どちらを選べば良い結果になるか、という幸運力、ラッキーパワーを磨くのが目的だったらしい。

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