第12話 ハエトリグモとiPad

 俺は大きな蜘蛛くもは苦手だ。

 蜘蛛の巣は大嫌いだ。


 しかしながら、家蜘蛛いえぐもは別だ。

 小さいし、ほとんど巣を張らないからな。

 多分、天井から何かの都合?で降りたい時だけ、細い一本の糸を天井かららすくらいだ。


 おまけにダニとか、ゴキの幼虫とか、家の中で、小さな害虫類を捕食ほしょくしてくれる、生かしておくべき、益虫えきちゅうであることを知っている。

 まあ益虫とは言っても、ハエのような6本足の昆虫こんちゅうではないが。


 おっと、こんな蘊蓄うんちく披露ひろうしている場合じゃない。



 俺が天井の本体を確認した頃を見計らって、画面のクモが手を振って、

「いえーい」

 と、音声を出力した。


 こいつもかよ。

 もう慣れっこだぜ。

 しかもこいつは、俺の大嫌いな大きな蜘蛛ではなく、その正体が小さなイエグモと知って、少しほっとしていた。


 だが、油断は禁物だ。

 俺は少し高飛車たかびしゃ詰問きつもんした。


「おまえは何者だ。フライにはきたいことがある。

 どこへ行ったんだアイツは」


 画面のオオグモは、どこか愛嬌あいきょうをかんじさせる動きを見せながら、

「コウタ君、あたしは、ハエトリグモのスパイ2号だよ。

 え、と、フライ君はね、そこいらに居るはずだけど。

フライくうん、今どこ?」


 フライは男児の声を使っていたが、こいつのは女の子の声だった。


 ちょっとかわいいかもw


 最近、ユーチューブで、自分で飼っている、ハエトリグモの様子を、定期的にアップしている人がいる。


 そのクモちゃんの動きが、結構キュートだったのを、俺は思い出した。


「フライくうん、どこ」

 スパイ2号が、二度目の呼びかけをする。


 すると、空気が少し振動して、ほわーんと、立体映像が空中に現れた。


 それは、どこかに消えていた、巨大なフライだった。


 ちょっと、立体感があり過ぎてキモい。


「キモ、キモ、キモ、フライ、もう少し小さくならないのかよ」


 すると、フライはそこそこ、見るに耐える大きさまで縮んだ。

 べんりなやっちゃなw


「スパイ2号、ワタシのPCをハックするのはやめろ、こっちが追い出されてしまっただろ」


 あれは俺のPCなんですけど、、、


「あれ、ダメだったのこれ、フライ君の真似してみたんだけど」


「オマエがこっちの立体映像を使え、ワタシはそっちがいいのだ」


「あたし、3D映像きらいなんだよね。

 うわ、こわぁ! とか、不気味すぎるとか、

そんなふうに言われるのムリだし。

 あたしもフライ君みたいに、平面ディスプレイの上にちょこんと乗って、地球人に好かれたいんですけど」


 なんだ、なんだ、このやりとりは、別にフライを好いた覚えはないし。

 それにフライに用があるのは俺なんだが、、、


「わかった、わかった、スパイ2号

 今、アマゾンでiPadを注文したから、明日にはコウタあてに届くだろう。

 明日から、オマエはその上に乗れ。

 だが、今日だけは、おまえが3Dだ、早く交代しろ」


 アマゾンも使うのかよ!

 まあフライなら何でもありかなw


「はぁい」


 気の抜けた、女児じょじの声でスパイ2号が返事した。

 その途端とたん、両者は入れ替わった。


「うわ、こえーよ」


 中空に現れた巨大蜘蛛に、俺は思わず腰砕こしくだけになってしまった。


「ほらね」


「ほらね、じゃねえよ、もっと小さくなれ、今すぐにだ」


 俺は、蜘蛛の女児をしかりつけた。

 これは決して、パワハラでもセクハラでもないからな。


「はぁい」


 その返事とともに、それは、手のひらに乗るサイズに縮んだが、それでもまだ大き過ぎる。

 まあ、こんなことやっていても、らちがあかないから、ここは我慢するが。


 元のディスプレイに戻ったフライ、本体はその上にちょこんと鎮座ちんざしていた。

 上下どちらも、足をすりすりしている。


「やっと話ができるな、フライ。

 ええと、それでさっきのイベントは何だと訊きたい所だが、

 その前に、僕にiPadを買ってくれたのかい」


 俺の関心は重大なことから、矮小わいしょうなことに移っていたw


「コウタの為ではないが、スパイ2号に居場所をゆずるのはイヤなんでな。

 明日、届くよ。最新型の256GBのヤツがね。

 開封と、初期設定はコウタに任せるよ」


「256GBのヤツか、フライ、結構、話が分かるやつだな、オマエ」


 俺は、さっきまで憤慨ふんがいしていた筈だが、今はそうでもないw


「フライ君、あたしは明日から、その Iカップ の上に、ちょこんと乗ってもいいの」


 Iカップて、そんなデカパイなのかよ、スパイ2号。

 だったら、人の姿で現れてくれてもいいんだぜ。しかもその上に、ちょこんと乗ってもいいのかなw


 クモのまま、乳がデカくなっても困るんだが、、、


「Iカップじゃなくて、iPadだ。

 そんなボケをかましてもワタシは笑わんからな。

 そのタブレットが届いたら、そこに乗るがいい。

その為にアマゾンで注文したのだからな」


 俺は、この時になってようやく、まずい状況に気がついた。


「まてぇい、ちょっとまって!

 今日から、こっちのクモちゃんまで、ウチに居候いそうろうする気かよ」


 フライは足をすりすりする。


「まあ、そこは、コウタに事後了解じごりょうかいしてもらうしかないかな。

 マック代表の意向いこうだから

 コマキニ」


「コマキニじゃねえよ。

 まあ、それは置いといて、

 フライ、さっきのイベントには、一体どんな意味があるのかな、詳しく説明してもらおうか」


「あれはだな、」


 そこから始まった、フライの話に、俺は愕然がくぜんとすることになる。


 (以下、この話は次次話に続く)

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