真夜中の彗星
藍錆 薫衣
第1話 彼女の話
なだらかな坂道の先、あの丘の上には小さな建物がある。ぱっと見てもなんなのかこの街の住人でさえわかるかどうかあやしい。そのくらい目立たないようなひっそりとしている。四角いはずだが、なんだか丸く見える、装飾はほとんどないシンプルな外観。おまけに優しいクリーム色で突けば指の形にへこんでしまいそうな質感、もちろんそんなことはないんだろうけど…。
あれはこの街唯一の病院である。病院といっても大多数が想像するような治療、リハビリを目的とした場所ではない。流れ着いてしまった、他に行けないような… とりあえず“ワケアリ“な人たちのための唯一の病院なのである。
真っ白なベッドの上で真っ黒な瞳を窓の外へ向ける少女がいる。折りたたんだ脚もだらんっと投げだした力のない腕も驚くほどに細い。
「寒い」
久々の声、不意に出た言葉にピリピリと痛む頬。凝り固まった表情筋とかさかさとした皮膚を撫でる空気がより頬を引き攣らせていた。思いとは裏腹にもう既にない鏡を思い浮かべては、彼女のどこに余分な何かがあるというのだろうか。涙が小さな雫となって静寂に吸い込まれていった。
何も聞きたくない、何もいらない、そう思っていたのに……。あぁ、なんで、なんでかなぁ、苦しくて嫌になる、離れたい、会いたくない、だから会いたい、話したい。また初めから笑顔の練習をしなくてはいけない、あと何日でここから自由に院内を歩けるだろうか。そんなことばかり考えてしまう。
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