第十二話《休日・2》
―――本屋。この時代においては大型の商業施設に組み込まれて書店となり、純粋な本屋はほとんど残っていない。
「―――へぇ、結構色んな種類の本を読むんだな」
そんな場所に向かう最中、俺は花咲創里と雑談していた。
「はい、意外と面白いものも多いので。そう言う貴方は‥‥‥偏ってますね」
「‥‥‥まあな」
普段俺が読んでいるのはライトノベル。それも、バトル系のものが殆んどだ。
「―――俺の場合、これらは異能に活かせるモンだからな。そうでなきゃそもそも本なんか読まない‥‥‥って言いたかったんだが、普通に面白いからなぁ‥‥‥」
異能が蔓延っているからかこの世界のバトル系は迫力と現実味があって楽しさが段違いなのだ。
「―――確かに。小説でしか出来ない表現、と言えるものがある以上、面白いと言うのも無理はないですね」
「だろう?」
そう言ってから俺は言葉を区切り、また話し始める。
「‥‥‥まあ、娯楽本ばっか読んでるから一般常識が足りてない部分もあるんだけどな。‥‥‥ったく、もうちょい幅を広げて異能大全とか読んでみろって過去の俺に言っておきたいぜ‥‥‥」
「‥‥‥別にそれも一般常識、という部類から少し外れるものでは‥‥‥?」
俺の適当な発言にマジレスしてくる彼女を見て、クスリと笑う。
「―――まあ、その通りだ。‥‥‥っと、どうやら到着したようだぜ」
エスカレーターを乗り越え、学園付近のショッピングセンターの三階に到着。目の前には本屋があり、俺達はその中に入っていく。
本屋だから静か‥‥‥なんてことはなく、他の店からの雑音や、ちょっとした話し声が聞こえてくる。
「んじゃ―――少なくともここでナンパする馬鹿はいないだろうし、ここからは別れて行動するか」
「はい、分かりました」
そうして、適当に本を見繕いに行くつもりだったが‥‥‥一つ、思い出す。
「そうだ。帰りはどうするんだ?」
俺のその言葉に少し考え込んだ後、
「帰りは‥‥‥そうですね。帰りもお願いしてもいいでしょうか?」
「ああ、問題ないぜ。だったら連絡を取れるようにしないといけないが‥‥‥どうする?普通に連絡先を交換するか?嫌だったら代案はあるが‥‥‥」
「‥‥‥大丈夫ですよ。それじゃあ、交換しましょうか」
―――意外、だな。そんな簡単に気を許すものなのか。
スマホを取り出し、通話アプリを起動。数秒も経たずに開いたアプリのコードを交換して、お互いを登録する。
「‥‥‥よし、問題ないな。じゃ、また後で」
「はい、ありがとうございますね」
そうして俺達は別れ、俺は普段読んでいる本の新巻を確認し、最新巻が出ていたら購入した。この間僅か十分程。通話アプリを開いても何もないので、しばらくは問題ないと判断した俺は、近くにあるゲームフロアに向かう。
ザワザワ‥‥‥では済まないくらいの爆音が雑音として鳴り響き、俺はそれにやられて一瞬立ちくらみがするが、気合いで持ち直し、また一歩を踏み出した。
―――俺は音‥‥‥それも振動に弱く、生の太鼓の音を聞いたら吐き気を催すほどだったりする。まあ、大体気持ちの問題だから気合いを入れれば九割は軽減できるが‥‥‥どうしても不快感は残る。
まあ、そんな状態のくせして行くのはただの馬鹿―――ってのは実感しているが。
そんな思考を脳内で展開しながらもお目当ての筐体の中に入る。
AR技術の発展により生まれた音ゲー―――アルスミリムことアルミ。音剣の系列、とも言えるだろうか。
ルールは単純、正面から流れてくるノーツを切り裂くだけ。だが―――高難易度は本当に鬼畜。俺ですら身体強化をしないとまともに捌けないほどの高密度+高速譜面。異能使い用に調整された極限のゲームだからこそ、俺は好んでコイツを遊ぶのだ。
コインの投入口に百円を入れ、壁に立て掛けてある三つのホルダーから右を選び、その中に入っているスティックを取り出す。
少し機械チックなそのスティックは全長五十センチ、重量は三百グラム程度の棒だ。二十センチ程グリップが巻かれていて、グリップの先には押し込み式のトリガーが設置してある。
取り出している最中に起動したゲームのARパネルを操作し、ログインとスティックの登録を行う。
―――それが完了したあと、パネルを更に操作して、楽曲選択に移った。
選ぶ楽曲は最高難易度。オーヒュニスと呼ばれる、overとhumanistの二つを掛け合わせた造語によって構成された―――汝、人を止めろ、の意味を持つ難易度。なお、この二つで造語が作られているのかどうかは俺の知るところではない。そして、オーヒュニスの中でも更に上、このゲームで一番難しい曲を選択する。
ふぅ、と息を尽き、意識を集中させる。そして、《
―――カウントダウンが終了し、空間が歪んだ。それは、楽曲の始まりであり―――戦場だ。
前奏―――先駆けとして流れるのはソフランがかかった、視認が困難になるほど高速で流れる通常ノーツの嵐。
俺はそれを世界の歪みとともに姿を変えて、レーザーブレードと化した二刀を振るうことで処理する。
「―――っ!」
十数秒、秒間三十を越えるノーツを処理しきった先にはソフランの解除により遅くなった特殊ノーツ―――方向指定のノーツだ。
超速からの通常速、密度が上がり視認が難しくなった方向指定は二つ目の障壁となる。ここからはタイミングとの勝負、目を今に慣らし、確実に一手ずつ処理するのが重要だ。
「っ、やば―――」
ミスしかけた。腕の振りが十数フレーム遅れ、判定が重複しかける。振りを加速させることで正常なリズムに戻したが―――これも、少しの感覚のズレで失敗し、取り返しがつかなくなる博打のようなものだ。
―――やっぱ油断できない。いや、一切の油断も隙もなく、集中して臨んでいたが‥‥‥一瞬糸が切れたか。
荒くなった呼吸を抑え込み、無駄な力を抜いた所で譜面は姿を変える。
一部のノーツに加速がかかり、更に判別と視認が困難になる。通常ノーツ、方向指定ノーツ―――種類そのものは単純だが、それらを正確に処理する。その難易度はさっきまでの比ではなく、一つの山場となっていた。
だが、こんな超難易度の曲でも―――いや、だからこそか?そういった曲には大抵当てはまるジンクスがある。
「‥‥‥良曲なんだよ―――なッ!」
一閃。半ばを越え、ようやく休憩ゾーンに入る、その最後のノーツを切り裂いてから息をつく。
「普通に腕が死ぬ」
端的に一言。毎秒尋常じゃない数のノーツを切り裂いてきた腕は疲労を訴え、だらりと垂れ下がっている。
休憩ゾーンは比較的ノーツの量は少ないため、腕を垂れ下げた状態でも間に合う。だが―――次が問題だ。
何故、休憩ゾーンが存在するのか。まあ、普通に考えたら曲の進行に合わせ、曲にあったペースでノーツを流す必要があるからだ。
俺の持論だが、ずっとハイペース、なんて曲は基本ないだろうし、緩急をつけることで音楽に味が生まれる。
―――話は戻るが、日本には嵐の前の静けさ、と言葉がある。これは音ゲーにも適応されることで―――。
思考を終えた瞬間、ノーツの動きが停止した。
―――来る。
そう思ったのも束の間、ソフランがかかり、かろうじて見える程度の速さでノーツが流れる。
サークル、トリル、サークル、階段、トリル―――繊細かつ高速な動作を要求されつつも気合いで突破し、曲のラストに突入した。
―――世界が歪む。黒に水色のラインが入った世界から水色が侵食を始め、青空へと姿を変えていく。
その景色の壮観さに感嘆を覚えながらも、俺はこの背景色がこのゲームの欠点だと改めて思う。
確かに、色の変わる演出は素晴らしいが―――それと同時にフルコンの難易度を上げるクソ仕様でもある。スマホの音ゲーとかでよくあるが―――MVをオンにした状態でプレイすると視認性が悪くなってノーツを取り逃しやすくなる、という感覚だ。一応色は被らない以上、完全に見えないなんてことはないが‥‥‥反応がほんの少し遅れかねない。
他のゲームならまだしも、このゲームはその少しが致命傷に成り得る以上、ここが気合いの入れ所だ。
「―――っ、オォッ!」
乱打。純粋な体力を求められるこの配置は、ここに来るまでに消耗した体力を更に酷使しなければ突破は不可能。それに―――。
「っぶねぇッ!」
最初に見たときにあった押し込み式のトリガー。あれを押し込んだ状態のみ切れる特殊ノーツ―――アンチノーツを切り裂く。
アンチノーツは使用中、通常ノーツが切れない状態になり、アンチノーツのみが切れる状態になる。
この曲の場合、通常ノーツとアンチノーツが交互に来たり連続したり―――トリガーを押したり放したりしながら切り裂いていかないといけないのだ。指も忙しければ目も忙しい。正直、どっかのタイミングで感覚が狂って総崩れになるとは思っていたが―――思ったよりも繋がる。
―――まさか。
「ハハッ―――」
心臓を締め付けるかのような圧迫感が消え、全身が軽くなる。
―――成程、俺は今まで思い違いをしていたのかもしれない。
無意識に振るっていたからか感じていなかったが‥‥‥俺の身体能力、動体視力―――つまるところ、スペックが大幅に向上している。
おおよその原因はあの二人との戦闘だろうか。どちらも中々に激しい戦闘だったのに加え、滅多に使わない《魔導の体現者》を多用したこともあり―――。
長考を始めようとして、意識は引き戻された。
―――まだ曲は終了していない。この感覚に任せて雑にやるのは俺の流儀に反する。
再集中。それた意識を戻し、ラスト三十秒を駆け抜けることに全力を尽くす。
―――この曲最後にして最大の難所。それこそがこの曲を最強たらしめている要因だ。この最後の三十秒がなければ、この曲のレベルは数段下がると言える、それだけのものなのだ。
だからこそ、俺はここで第二の強化―――気の循環による強化を行う。ストレングスは身体能力を上げる魔法であり―――反応速度や動体視力を強化することはできない。だが、気による強化はその二点すらも強化することが出来る。
―――まあ、前にも話した通り普通に疲れるから日常で使うことはないし―――使うとしても今みたいにピンポイントでの使用が一番楽だ。
「―――セアッ!」
初弾を切り裂き、続く第二、第三のノーツを高速で切断。この間僅かコンマ一秒にも満たない程であり、地獄の開幕を告げたことが否応なしに理解できる。
迫り来る絶望の壁。えげつない、と言えるほどの密度で構成されたノーツ群を捉えた瞬間、ソフランによってノーツは加速した。
強化された俺の肉体はそれを完全に捕捉し、一つ一つを確実に処理する。
「っ―――オオッ!」
通常が半分、方向が二割、残りがアンチ―――。確実に指を殺し、ミスを誘おうとしている配置と密度に抗い、肉体の限界まで酷使して全てを越える。
―――ここで決める。
腕がだらんと垂れ下がりそうになるも、それを抑え込んでノーツ群を突破し―――ラスト。一秒の間に詰め込まれた三百近くの通常ノーツ、それを―――切り裂いた。
『―――Full Combo!!』
―――攻略完了、クソ疲れた。
リザルトを確認し、持ち込んでいたペットボトルから水分を補給する。
「‥‥‥意外とスコア悪いな。いや、流石に一曲目なんだから当然なんだが‥‥‥」
―――急な覚醒イベントみたいなものも起きたし完全無欠のパーフェクトスコアを取れる‥‥‥なんて幻想はなく、序盤の下振れと終盤の発狂ゾーンが取りきれずに自己ベスト更新ならず、といった感じになってしまった。
「‥‥‥ま、気にする程の事でもないしとっとと次行くか」
―――二曲目、三曲目は特に言うことはなかった。最初の一曲ほど難しいものでもないし、見所もない。それだけだった。
三曲を完走仕切った直後、通話アプリに通知が来た。
『こちらの用事は終了しました。今は書店の近くの椅子に座っています』
その一文を読んだ後、俺は荷物を速攻で片付けてから駆け足でその場所に向かう。
‥‥‥一分と少しだろうか。人が多いからか思うように進めず、中々に苦労したが‥‥‥なんとか目的の場所にたどり着いた。
「―――よっす、悪いな。少し遅れた」
「いえ、連絡を入れてからまだ二分も経っていないですし‥‥‥どこに行っていたんですか?」
「ゲーセン。なんとなくだが時間かかりそうだったし遊んでた」
「‥‥‥そういえば自己紹介の時にゲームが趣味と言っていましたね。納得です」
―――凄いな。よくもまあかなり前の自己紹介の内容を覚えているもんだ。
「よく覚えてたな。まあ、それはそれとして―――帰るか?」
「そうですね、帰りましょうか」
―――そこから先も大したことは無かった。ただただ寮の近くまで送ったのと‥‥‥そういえば、暴漢に襲われたな。
花咲を送った帰り、どうやら尾行してたらしい俺が追い払ったナンパ野郎―――ソイツが何人ものガタイのいい奴らを引き連れて俺に襲いかかってきた。
ただ、そいつらは下級の異能使いだったからか俺に一瞬でボコボコにされ―――その辺で伸びている。
まあ、そんなところだろうと考え、俺は伸びをしながら帰路に着く。
家からは微かに光が漏れ、家に姉が居ることが推測される。
一日の終わり。それを確実に感じながらも、俺はまた今日も家へと帰るのだった。
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