第26話

「染谷ちゃん、笠井さんじゃなくて、私と付き合って。………お願い」


 頭が混乱している。

 思考がぐちゃぐちゃになる。

 つぼみちゃんが私に洗脳してる?今までのカノジョ×カノジョの関係は偽り?嘘?


 どうしよう。

 今の私には、とてもじゃないけれど


 信じたくない。

 私のつぼみちゃんのことが大好きだという想いが贋作だなんて。そんなの、あんまりだよ。

 変われたと思ってた。

 彼女に恋をして、恋人になって、コミュ障も段々と治ってる自覚があった。

 オシャレにだって気を使うようになって、女の子の楽しみ方を改めて知ることが出来た。


 それもあれもどれも、全部はつぼみちゃんへの『好き』と言う気持ちの現れだと思ってたのに。


 それが、偽物?

 やばい、気持ち悪い。吐き気がする。

 もう何も考えたくないと脳が思考を放棄しようとしている。

 どうせだったら、もし仮に本当につぼみちゃんが私を洗脳していて、この恋が偽りの恋なんだとしても、その事実を知らないままでいたかった。


 そうしたら、こんなに苦しい思いも、ぐちゃぐちゃな感情も、経験しなくて済んだのに。


 とりあえず今は、


「染谷ちゃん。……その、………返事を聞かせてもらえないかしら」


 ハッとして、いつの間にか俯いていた顔を上げれば詩子しのこ先生の不安そうな表情が飛び込んできた。


 いけない。

 今、私は勇気を出して想いを告げてくれたこの女性にとっても失礼な態度をとってしまっていた。

 目の前の彼女について何も考えず、他の人のことを考えてしまっていた。


 返事、そうだ、とりあえず返事をしなきゃ。

 何か返さないと。



 …………ん?



 …………でも、待って?



 告白をされて、そんな大事な場面で他の子が私の脳内を埋めているということは。

 それは、暗に先生の入る余地は無いと、少し酷ではあるけれど、そういう意味では無いだろうか。


 一旦、思考をクリアにしてみる。


 まず、先生だって私に暗示をかけていた。これは事実。そして、私はつぼみちゃんにも暗示をかけられていた、らしい。これも事実だとする。

 だとすると、私は結局、二人ともから暗示をかけられていて、そして今、私はうっすらと、、と思ってしまってきている。


 ……つまり、だ。


 洗脳云々は関係なく、私はつぼみちゃんが良いんだと思う。

 今だけは、自分のこの気持ちを信じたい。


 きっと、



 きっと、きっと、、







 私は洗脳なんか無くても、つぼみちゃんのことが好きなんだ。









 だから、そう思えたから。

 私は先生に頭を下げた。

 そして言った。


。………そして、


 私は保健室から出て、廊下を駆けた。

 今は誰よりも一番に、彼女に会いに行きたかったから。






「モモちゃん!」


 廊下を走っている途中、そうあだ名で呼び止められる。

 私のことを『モモちゃん』と呼ぶ子を、私は一人しか知らない。


「………千草ちぐさちゃん」




 そういえば、私はこの子に少し特別な感情を抱いているのを忘れていた。

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