第45話 深層のモンスター

 現れたのは、俺たちに無闇に突っ込んでこないモンスター。


 今までのモンスター以上に恐ろしい見た目で、悪魔という形容がふさわしい。いや、悪魔としか形容できない姿をしたモンスター。

 ヤギのようなツノを生やし、コウモリのような翼を持つ人型のモンスター。その形も、かろうじて動物に例えられるだけで、いびつな姿をしている。


 モンスターは奇妙な接近方法で近づいてきたかと思うと、様子をうかがうように動きを止めた。

 何かの準備をしている様子ではないが、以前警戒は必要。


「あい、……っ!」


 遠くから魔法を放とうとした瞬間、気づくと眼前を鋭い爪が通った。


 反射的にスキルが発動していなければかわせなかった一撃。

 威圧感が下層のモンスターとは比べ物にならないほどで、実際に動きにくくなっているような感覚がある。


 モンスター固有のスキルでも発動しているのかもしれない。


「ロ・の……ぁ」


 まるで意味のある言葉のように、口を開け、何か話しかけているように見える。


 おそらく、俺たちを錯乱させるためのもの。


 いや、決めつけるのはよくないかもしれない。


「ろ……・ス。く・オ」


「関先輩、何かわかりますか?」


「いいや。モンスターの言語、もしくは鳴き声だろう。ただ、魔力の流れからして詠唱ではない。スキルにしても意味が取れないし、正直に言えば、謎だ」


「なるほど」


 やはり、考えても仕方がないものか。


 俺たちとコミュニケーションを取る意図や、会話をしようというつもりはないと考えていいはず。

 そもそも、真っ先に俺の首を取りにくるようなヤツが、友好的なはずがないというもの。


「だが、ワタシとしては、わからないことより、新しいことを試せない方が腹立たしくてね。『サイクロン』」


 詠唱に気づけなかった。


 関先輩の手から、渦巻く風が放たれ、悪魔の体めがけて発射された。


 規模的に俺たちを巻き込みそうなものだが、俺たちには効かず、そのまま悪魔の方へ向かう不思議な風魔法。


「しょうちゃんが覚悟を決めたあたりから、どうにも力が湧いてきてね。今ならより高度な魔法も放てる気がするよ」


 おそらく、俺の共通スキルでみんなの能力が上がっているのだと思う。


 俺の魔法にすら瞬間的に反応していた悪魔も、赤い瞳を強く輝かせながら、竜巻をかわそうとしたが、回避しきれず翼に穴が開いてしまった。


「キャえっぇぁぇぇぇ!」


 耳鳴りのような、耳障りな奇声。


 思わず耳を押さえると、悪魔の姿が増えたように見える。


 いや、実際に増えている。

 反応が一つ二つ。姿が五つに増えたのに共鳴するように、悪魔の反応も五つに増えた。


「分身……?」


 俺の反応では、どれも実体を持っているようだ。

 幻覚の類ではない。


「気をつけてください。モンスターが増えたと考える現象です」


「それじゃ、まとめて串刺しにすればいいんでしょ?」


 即座に動いた千島さんが、四体のモンスターを一気に突き刺した。


 さすがの一撃。


 関先輩に続き、モンスターの反応を許さぬ攻撃。


 だが、四体の悪魔の姿は、影のように消え、残る一体が獲物を捕らえたことを確信したように大きく口を開くと、腕を振り上げた。


「まずっ」


「はあああああ!」


 いくら能力が上がっても、ダメージを与えられるのは望ましくない。

 おそらく、動きが上がったり、詠唱が必要なくなったりしているだけでなく、ダメージも抑えられるスキルだったと思う。


 だが、傷つけさせるわけにはいかない。


 俺は、勢いのままモンスターの腕を切り落とした。


 だが、まったく手応えがなかった。

 またしても、悪魔は影のように消えた。

 反応は一つ。少し遠く。まだある。


「ありがとう。助かったわ」


「いえ、お互い様です」


 気づけないほどの移動。


 そして、すぐさまの分身。


 だが、少しずつわかってきた気がする。


 攻略法が見えた以上、みんなに負担はかけられない。


 悪魔は黙ったまま、分身を五体、十体と増やしていくが、もう詰みだ。


「この量相手はきついよ」


「むうぅ。一人なら全方位にわたしがスキルで攻撃を撒き散らすのに!」


「多分、それじゃあ目の前の悪魔は倒せない」


「え、そうなの?」


「うん」


 出ている分身、どいつもこいつも同じような特徴。いや、まったく同じ見た目をしている。

 だが、初めに俺に爪を振り下ろしてきた悪魔とは少し外見が異なっている。


 奇声をあげてから、悪魔の姿が微妙に変わっている。


 つまり、


「本体は逃げたか、どこかに紛れ込んでいる」


「魔力量から個体差があることはわかるが、そこまでわかるかい?」


「そうよ。どうしてそんなことがわかるの?」


「それは……」


 穴の開いた羽を自らもぎり、目隠しのように投げ捨てて、全ての悪魔が突進してくる。


「こいつらを倒した後で!」


 気づいた俺にはどれもこれも関係ない。


 どの悪魔もぶつかるところから姿を影へと変えていく。


 予想通り、すべては確実に攻撃を当てるためのブラフ。軽い攻撃をくらったら、視界を奪うためのもの。

 どれもこれも形だけの紛い物。


「け、ヒッ!」


 勝利を確信したような悪魔の声を聞いた。


 やはり、見抜いた。


「しょうちゃん!」


 思わず飛び出すえりちゃん、我を忘れたような形相に俺は手だけ出して止める。


「ぃ……キ。し?」


 俺はすでに悪魔の背後から剣を突き刺している。声を聞いた瞬間、俺は勝利を確信した。


 悪魔が振り下ろしたのは、悪魔自らが出した分身だ。


「残念だったな」


 刺さった剣をそのまま下におろすと、悪魔の本体は力無くその場に倒れ込んだ。


「嘘。しょうちゃん、一撃……?」


「ブイ」


 緊張していたえりちゃんに笑顔でピース。


 油断しているようで、あんまりこういうのはよくない気がするし、キャラじゃないが、ちょっと心配かけたからね。


「しょうちゃん! そういう闘い方はよくないと思う!」


 泣くような顔で飛びついてくるえりちゃんを撫でながら、少し反省する。


 しかし、悪魔はまだ姿を保っている。

 俺はえりちゃんを撫でながら、悪魔の様子を観察した。

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