第6話 イレギュラー発生!

 もう帰ろう。すぐ帰ろう。


 でも、最初にダンジョンの中に出た時からなんとなくわかっていたけど、入り口から一番遠いところに出たみたいだ。

 現在地と出口までの距離がわかるのはいいとして、いかんせん遠い。


「まあ、遠回りしてるから、余計ってのもあるんだけど……」


 スキルのおかげか、どれだけ歩いても疲労を感じてないから、別にいいんだけどね?


 きっと、伊井野さんや、伝説的な探索者である飯屋めしやさんなんかのレベルなら、ゴブリンに囲まれていてもまっすぐ突っ切るだろうし、むしろ困っている人を助けるんだろうけども、今の俺にそこまでの力はないと思う。

 安全策安全策。


 いやしかし、にしても人と会わなさすぎな気がする。


 ここは広め深めのダンジョンだった気もするもけども、モンスターとは遭遇するのに、探索者の一人ともすれ違わないなんて。


「孤独な仕事とは聞いていたけど、上層ならもう少し人がいてもおかしくないはずだよな? 何か起きてるのかな?」


 基本的にダンジョンは下へ行くほど危険度が増す。

 俺が今いる上層、そして、中層、下層、深層という順番だ。

 探索者として生計を立てている人もいるし、平日でも多くの人がダンジョンにいると思ったのだが、まったくいないな。

 生計を立てている人は上層にはいないか。


 ちょっとばかし、助けを期待したところもあるのだが、今の調子なら帰れそうだし、いっか。


「おっ!」


 何やらボス部屋らしき重厚そうな扉が開かれている。


 一応、ここのダンジョンは中層のボスまで討伐され、下層までは解放されているという話だったが、倒されたボスも時間でまた湧いてくる。

 一度倒していれば下の層へは降りられるが、ある種の力試しとして、ボスに挑戦する探索者が存在していると聞いたことがある。


 しかし、扉は開いているものの、誰かが入っていく様子は見えない。

 ボス部屋に入れば、挑戦している最中は扉が閉じられているはずだし、特に何もなければやっぱり扉は閉まっているはず……。


「……ゃー……」


 遠くから人の声が響いてくる。

 ゴブリンを倒した時ほどはっきりは聞こえないが、おそらく悲鳴。

 戦いの最中ということはわかるが、遠くからでははっきりとわからない。


 悔しいが、俺が行ってもボスレベルともなれば足手纏いになりかねない。できることがあるとすれば、さっさと帰って助けを呼ぶことくらい……。


「キャー!」


 はっきりと悲鳴が聞こえた。


 瞬間、俺の体は勝手に動いていた。助けを呼んでも間に合わなければ意味がない。

 自分でも驚くほどのスピードでボス部屋に入り、状況を確認する。


「……っ! なんだこの穴……」


 ボス部屋の床には、本来開けられないはずの穴がぽっかりと開いていた。

 そして、ボス部屋の中には、ボスどころか、挑戦しているはずの探索者の姿もない。誰もいない。


「まさか、ボスごと下に?」


 考えられるとすればその可能性。


「グアー!」

「やめて!」

「ウワー!」


 叫び声だけが上層にまで響いてくる。やはり、ボスが下の層に降りるイレギュラーが発生している。

 叫び声が複数ということを考えると、上層から落下した探索者と中層を探索していた探索者、そのどちらもが巻き込まれていると判断してよさそうだ。


 こうなったら時間が惜しい。


「落下ダメージ無効は、あるな」


 俺はスキルを確認してから、穴に向かって飛び降りた。


「ふっ」


 着地成功。


「ひ、ひいっ! な、何が起きてるって言うの? どうして、ミノタウロスなんかがここに」

「も、もうダメだぁ」


「大丈夫。今、入り口まで送るから。転移! それから転移!」


 やはり、ボスが下の階層へ乱入するイレギュラーのようだ。

 混乱した様子の声があっちこっちで飛びかっている。


「って、アレ、伊井野さんか?」


 まずは状況把握と、モンスターや探索者の位置を把握していたのだが、見慣れた声に目を向けてみると確かに、クラスでよく見る人気者の顔だ。

 やたらボロボロになりつつも懸命に対処している。どうやら、手当てが難しいと判断し一人ずつ転移させているようだ。


「おい! さっさとやれねえのかよ!」


「すみませんっ。転移! これで」


「い、いや、いやー!」


 ミノタウロスがガレキを投げつけた。飛んだ方向には一人の女性。

 さすがに遠い。


「くっ! 大丈夫?」


「は、はい」


「転移……まだいたのね。ううん。あと一人」


 身を挺して伊井野さんが庇った。


「まずいなぁ……壊したら巻き込んじゃうから攻撃できなかったし、そもそもさすがに、意識が……」


 フラッフラで立ちあがろうとする伊井野さん。だが、その場から動けない様子。


 止まってる場合じゃない。俺でも攻撃が通りそうな場所を探して、せめてミノタウロスの気を引いて時間を稼げ。

 なんでもいい。どこか、どこか。


 見えた!


「いけっ、ここだぁ! くらえ、縦斬り!」


 飛び上がって、ただ、剣を振り下ろす。


「モオオオオオォォォォォ……」


 最後のなんだか体に似つかわしくない牛のモノマネのような叫びをあげ、ミノタウロスは倒れ込んだ。

 全身全霊の一撃は、俺のビギナーズラックがまだ続いていたらしく、周りの人たちが弱らせていたこともあって最後の一撃となったようだ。

 ミノタウロスはアイテムの山へと変わった。


「よ、よかったぁ」


「えっ、嘘……ボスを、一撃で……?」


 近くにモンスターの反応もない。ひとまず安全は確保できたはず。


「だ、大丈夫? ケガ、俺、その、魔法がわからなくて、手当てするにも、えっと」

「大丈夫。わたしは落ち着いたら自分で治せるから。あとから帰れる。助けてくれてありがとう。でも、まだ何が起こるかわからないから。転移」

「え」


 俺の視界は真っ白くなった。

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