好きだからキスした
水花火
第1話
コインランドリーの入口に由貴は立っていた。
昨夜からの雨で、洗濯物をもった人達が駆け込んでくる。
「あっ、すみません」
ぶつった女性は、謝ったというよりは邪魔だと言ったような気がした。いつもなら気が引けて、その場をよける由貴だが、今日だけはこの場所を動くわけにはいかなかった。
神谷に返してもらう五万円を必ず回収しなければ、身の破滅が待っていた。そこへ一台の黒いワンボックスカーが駐車場に入ってきた。
「あれか」
由貴は目を細め運転手の顔を確認した。
「神谷だ」
由貴、傘を開き土砂降りの雨の中を歩きだした。
「すげ〜雨だなあ、まあ乗れよ」
由貴は神谷の運転席の脇に立ち手を出した。
「お金返して、約束は五万円」
神谷は、ダッシュボードに手を伸ばし財布から三千円を出し手渡した。
「は?何いってんのあんた、五万円返す約束よ」
神谷は頭をかきながら
「それがさあ、増やそうと思って勝負したら負けてさ…」
「あ、あ、あんた、また、パチンコに行ったの」
神谷はニヤつきながら頭をコクリと下げた。
「ふざけないでよ!」
「あのさ〜俺にも都合ってもんがあんのよ。由貴に五万円も返したら生活できないでしょ〜」
「この嘘つき最低男」
由貴は睨みつけた。
「そう怒るなって、必ず返すからさ」
由貴は三千円をポケットにいれながら
「あんた、私のことなんだと思ってんのよ、私にも支払いってものがあるのよ。今日だけは必ず五万円必要だって、何回も言ってたはずだよね」
由貴は、怒りで身体が熱くなった。
「心配すんなって、返すから」
「今日なのよ!今日!必要なのは」
由貴は雨にも負けない大声を出し、自分の車に戻った。
「なんで、あんな男にお金を貸したんだろう…」
悔しさと、情けなさが、由貴を絶望に落としていった。カバンに入っている明日の支払い明細をもう一度見た。
「無理だな、、、」
大きなため息がと、脱力感が、由貴を覆った。
「このままじゃ、自転車操業だ、何とかお金をつくらなきゃ…」
由貴は、他から借りずに支払う方法をひたすら考え続けた。
「あっ」
由貴は腕時計に目がいった。思いもよらない名案だったが、二年間定期貯金をして、やっと手にした腕時計だった。
「悲しいけど、これ以上キャッシングは嫌だし、仕方ないよ」
由貴は自分自身を励ました。
「ごめんね、いつかまた必ず取り返しにくるからね」
由貴はダイヤの腕時計に別れを告げ、質屋に向かった。
「たったこれだけですか?五十万円もしたんですよ!」
「これでも高く見積もりましたよ。どうしますか?」
由貴は腕時計を売った。
惨めな気持ちで、わずかばかりの札を握りながら、店を出ると、神谷から電話がきた。
「はい」
「もしも〜し、あのさ、残りの四万七千円返すよ」
由貴は、息が止まった。
「おい、聞いてんのかよ、今から返すからコインランドリーに来いよ」
ブツリと電話は切れ由貴は呆然とした。
神谷は勝ち誇った顔で待っていた。
さっきまで降り続いた雨もやみ、コインランドリーに人はいなかった。
「乗れよ」
由貴は相変わらず運転席の脇に立ち、手を出した。
すると神谷は金を持ちながら窓を全開にし、由貴が近寄よった瞬間、一瞬にしてキスをしてきた。
「ちょっと、何すんのよ!ふざけないでよ」
由貴は、後退りしながら睨んだ。
「ふざけてなんかないよ」
「じゃあ、なんだっていうのよ、あんた一体なんなのよ!早くお金よこして」
神谷は車のドアを開け下りてきた。
由貴は、ドキッとし後退りした。
「はい、残りの四万七千円」
由貴は差し出されたお金をサッと取って離れた。
「来月は二万円でいいから、確実に返してね」
由貴はそう告げ、足早にその場から立ち去った。
「あのさ」
神谷の大きな声がして、由貴は振り返った。
「好きだからキスしたんだよ」
神谷はそう言うと、車に乗った。
由貴は、半開きの唇を閉じ、神谷の後ろ姿を見つめた。
好きだからキスした 水花火 @megitune3
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