異世界剣豪ぶらり旅 ~最強を目指す剣豪じじい、弟子(美少女)とともに世界を巡り、神を喰らいて最強へと至る~

ひのえ之灯

剣豪、メキシコの地にて果てり

「殺せ! 何としてもあいつを殺せぇぇっ!」


 激しい銃声と硝煙の臭いが立ち込めるその場所で、派手なシャツに身を包んだ男の絶叫はやけに甲高く、耳障りに響き渡った。


「ボス、いくらなんでももう死んでるますよ‼」

「黙れっ、相手が誰かわかってて舐めた口をきいてんのか⁉ あいつはソードマスターだぞ! 弾丸の雨の中、剣一本で軍隊と渡り合うバケモンなんだよ! これ以上文句を言うならソードマスターの前にお前の脳天に弾をお見舞いしてやるぞ‼」


 口角に泡を浮かべながら銃口銃を向ける、その目に正気の色はない。


 もはや頭がおかしくなっている、そう確信した部下は渋々ながら館の包囲に戻った。


 仕方ないと言えば仕方ないのだ。


 マエストロ・デ・ラ・エスパーダ――アメリカから流れてきた日本人ジャポネスのソードマスターといえば、裏の世界では伝説的な男である。


 個人であろうが組織であろうが関係ない。

 それこそ、そこで喚き散らしながら拳銃を振り回している男とて、メキシコ最大の麻薬カルテルのボスだ。


 それでもソードマスターは平然と噛みつき、食い散らかしていく。


 なんてことない、きっかけは土地の地上げから始まった誘拐に過ぎない。彼らには日常茶飯事の荒事とすら言えない仕事のはずが、なぜこうなったのか。


 いくら考えても皆目検討がつかない。

 一対一の決闘を好むソードマスターが組織を相手に自主的に戦いを挑むとは考えられない。


 どこかで触れたので、奴の逆鱗に!

 最悪だ、最悪だ、最悪にすぎる!


 諦念と怒りに突き動かされながら、男はAK-47と呼ばれる自動小銃を構え、無我夢中でトリガーを引いた。


「撃て撃て、撃ち続けろ!」


 周囲には彼のほかにも数十人がいた。

 館を車で包囲し、トラックの荷台に兵装された密輸品のM2重機関銃の銃撃をも遠慮容赦なしにぶちかます。


 いかに防弾が施されたたカルテルの豪邸だろうが、圧倒的鉄火の物量の前に意味を為さない。


 もはや館は穴だらけ、生存者が存在するなど到底考えられなかった。


 しかして、そんな彼らを嘲笑うかのように男はいた。


 硝煙弾雨の地獄の中で、深々とため息をつく。

 時代遅れの古びた着流し姿はメキシコの奥地にあっていかにも目立つが、しかし彼という存在には妙にしっくりくる。


 さらに手にした刀だ。

 こんな状況にあっては頼りなく思えるだろうはずが、彼が持てばこれ以上ないほど頼りがいのある味方に思えるではないか。


 日本を飛び出してより早五十年。

 どんな危地も、この刀とともに切り抜けてきたのである。


 とはいえ、だ。

 彼――新あらた誠二郎せいじろうは飽いていた。


 幼い時分に剣を志してからこれまで、彼がどのような人生を歩んできたか知る者はいない。剣の道場に産まれただの、あるいは悪魔が住まう洞窟の奥から這い出たとも言われるが、ただ事実としてあるのは、彼が生粋の剣狂いということのみ。


 世界各地、彼はあらゆる場所に姿を見せた。

 名の売れた武術家がいると聞けばふらりと現れ、死合いを申し込むのである。


 試合ではない、死合いだ。

 命を賭し、己が存在を代価に蹂躙し、武に生きる相手を屈服せしめる。


 およそ法社会において認められることのない蛮行。

 まして、全戦不敗のバケモノが相手となれば二の足を踏む。名が広がれば広がるほどに、命知らずのはずの武術の大家達は新との死合いを拒否するようになった。


 だが彼の恐ろしいところはそこで諦めぬところだ。


 戦わぬならば、戦わざるをえないように仕向ければよい。

 むしろ地面に伏し、頼むから死合ってくれと懇願させるまで追い込むのである。


 なに、結果は変わらぬのだ。

 死合い、どちらかが死に、どちらかが生きる。

 それだけの話だ。


 諸行無常、そうして死合い続けた結果、彼は一つの結論に至った。


 道半ば、なれどこの道の果てに最強はあらず。

 剣の届く範囲はあまりにも短く、そして肉体は日々老いていた。


 一度それを理解すれば絶望するしかない。

 もはや日々の歩みは重く、ただ死に場所を求める幽鬼のそれでしかなかった。


「やれ、ようやっと死ねるか」


 零れた言葉が、脇腹に空いた大穴に落ちる。

 壁ごと銃弾に貫かれたというのに即死しなかったのは、良かったのか悪かったのか。もはや痛みはなく、手足は冷たく感じる。


 ほどなく死ぬ。

 それが理解できるほどの場数は踏んでいた。


 せめて静かに死にたいものだが、そうもいかない。馬鹿でかい銃声を鳴らし続ける外の連中に悪態をついたところで、ふと着流しの袖で震える携帯に気づいた。


「困ったもんだ。最近のすまあとふおん・・・・・・・は文字が小さすぎやせんか」


 顔から離したり近づけたりしながらなんとか確認するに、どうやら電話がかかってきたいるようだ。覚束ない手つきで画面をスワイプ、電話に出ると、途端に焦った様子の子供の声が飛び出した。


「繋がった! アラタ、いまどこ! アラタ! 一緒に脱出するって約束だったじゃないか!」

「おうおう、ガキがよく喚くわ」


 きんきん響く声に眉根を寄せ、しかし元気そうな少年の声に笑みがこぼれた。


 カルテルに攫われた息子を助けてくれと宿の主人に泣きつかれたのが二日前。金もなく腹ぺこで倒れていたところを助けられた新は、一宿一飯の恩義を返すべしとここまでやってきた。攫われた少年は父親の手に託したが、どうやら無事に逃げられたようである。


 ああ、報われた。

 その言葉を呑み込み、新は電話に向かって鼻を鳴らした。


「阿呆が、お前らと一緒に逃げちゃ逃げきれねえだろうが。俺は俺でとんずらするからよ、気にせずお前らも逃げろや。どっちが逃げ切れるか勝負って塩梅だ、なぁおい」

「勝負って、そんな――」

「うるっせぇな、ぴーぴーぴーぴー。大の男が無駄にくっちゃべってんじゃねえや。そら、俺も逃げるのに忙しいからよ、切るぞ」

「待って、アラ――」


 一瞬切り方が分からず、面倒になって刀を振るう。

 二つに分かれて転がった携帯には目もくれず、よいこらせと立ち上がった。


「さあて、最後の仕上げだ。殿しんがりの務めを果たそうかい」


 父子の乗る車が国境を超えるまではどれくらいか。

 そう長くはあるまい。時間を稼ぎ、せめても意味ある死に場所を与えてくれた二人に恩を返す、剣に生きた男の死に花を笑われぬだけの働きを見せねばなるまい。


 アラタは陽光を照り返して輝く刀を一瞥し、相好を崩した。


「お前さんとも長い付き合いになったもんだな」


 旅の途中で出会った無名の刀匠、その生涯最後の一振り。

 ひょんなことから譲り受けたそれは、美しさなど度外視した徹底的な実用本位の代物だ。


 命の切り売りが日常の新にとって、この相棒は何物にも代えがたい価値があった。


 風切市右衛門。

 その名を呼べば、不思議と刀が震え、答えを返したように感じた。


「行くぜい、相棒!」


 思い切りよく走り出し、そのまま館を駆け抜け端の窓を突き破る。


 人里離れた森の中に建てられたカルテルの邸宅は周囲に木々が生い茂り、包囲するにも穴が多い。包囲が難しい場所は館に入る前から見当をつけていた。


 飛び出すや、驚愕の瞳を向ける者どもの滑稽なことよ。

 木々を隠れ蓑に接近すれば、慌てて動く愚鈍の群れ。


 ああ、滑稽極まりや!

 いざ、尋常に立ち会えや!


「むんっ!」


 踏み込み一閃、唐竹に降り降ろされた刃はぬるりと男の頭から股間へと斬り抜ける。

 生死の確認など不要、ただひたすらに前進し刀を振るう。


 銃を構えた男の右手をひたりと斬り落とし、返す刀で首を半ばまで削ぎ落とす。蹴たぐり、姿勢を崩した男の胸に刀を突き刺し、肉の盾としなお前進する。


 その光景は彼らにとって何よりも悪夢に違いない。


 普段暴力で幅を利かせている自分達が、悲鳴を上げながらトリガーを引き、弾倉の交換にもたつく端から切り捨てられる。


 暴力はより強い暴力によって駆逐される、そんな現実を直視させられた彼らを哀れに想うべきか。


 しかし、それでも全員を斬り伏せ脱出するなぞあり得ぬ話ではあった。


 脇腹を貫通した銃創は肝臓を突き抜け、溢れる血はとめどなく、新の右わき腹から右足は真っ赤に染まっている。一歩踏みしめるために突き上げる激痛も、ともすれば夢幻のごとく抜けていく手足の力も、もはや己の体が長くないと知らしめる。


 せめてあと一人、せめてあと一振り。

 そうやって進むにも限界はくる。


 館を囲む男達の三分の一ほども斬り捨て、一味の首領と思しき男の頭蓋に刀を突き通したところで足が止まった。


 普段ならするりと抜けるはずの刀が微動だにしない。

 骨に噛んだかと目をやるが何のことはない、手に力が入らぬのだ。


 ここまでかよ。

 自重気味に笑うも、気分は良かった。


 向けられた銃口の数ときたら、もはや大げさすぎて笑い話である。されどそれが己が与えた恐怖の多寡の代価と思えば、いやはや、天晴あっぱれである。


 いっそ清々しいほどの満足感とともに、しかし新はついぞ到達できなかった最強の頂きに後ろ髪を引かれていた。


 ああ、口惜しや。

 最強の頂、せめて一目天頂の景色を楽しみたかった。


 轟音が轟き、血が飛び散った。

 そうして、夢に命をかけた老人は地に伏した。


 だがこれで終わりではない。

 むしろその逆で、物語はここから始まるのである。

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