幻覚キノコマン_Novel

@sui_hope

1.鬱ウイルス

1989年、突如として世界中に蔓延した脅威のウイルス・通称"鬱ウイルス"

症状はいわゆる"うつ病"と酷似しており、特に悲しみ、絶望感、希死念慮が非常に強く発現するのが特徴である。


そして前述の通り、これは"ウイルス"なのだ。

ストレス等で発症する従来のうつ病とは異なり、感染してしまえばどんなに幸せな人間も一瞬にしてその気分を奪われる。

そして他人へと感染する――


この"鬱ウイルス"は人々の生活を一変させた。

感染者数は急増し、未曾有の事態に医療現場は逼迫。

政府は初めて緊急事態宣言を発令し、人々は手洗いや消毒を徹底することが求められた。

しかしマスクの着用など、馴染みの無いものに人々が適応する時間をウイルスは待ってはくれない。

世界が不安と恐怖に包まれる中、それでも人類は、対処しなければならなかった。


――幻覚キノコ


それは人類がついに手を出さなければならなかった、禁断の果実の名前である。



一般的に、ウイルスに対する直接的な治療法は存在しない。

一部例外もあるものの、基本的には対症療法が主である。


「鬱ウイルス」に対しては免疫賦活剤の他、従来の抗うつ薬や抗不安薬が処方された。

初期段階、軽症の患者にはある程度の効果があったが、それ以上の患者にはほとんど効果が見られないことも多い。

強い希死念慮の為、虚ろな目でベッドに拘束された患者が並ぶ病室は異様な光景だ。

ただ聞こえてくるのは、咳のように繰り返し死を望むうめき声。


日々自殺者が増加していく中、ついに政府からある宣言があった。


「鬱ウイルス患者に対して、幻覚キノコの処方を承認する」


提唱したのは、今回の事態により新たに編成された鬱ウイルス対策チーム。

うつ病の専門家や抗うつ薬の研究開発を主としていた者たちが集まったチームだ。

鬱ウイルスに有効な手段やワクチンの生成を模索していたそんな彼らが、とある麻薬成分を含んだキノコが鬱ウイルス患者に有効であると発表したのだった。



あの時の選択が間違いでなかったのかどうか、私にはもうわからない。

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