第24話 帰宅を待ちながら
「そうだわ、これ。最近冬の色が濃ゆくなったでしょう?私の冬のお気に入りなの。セキさん用にもちゃあんと買って来たからこちらを食べながら待たない?」
瑪瑙が取り出したのは老舗和菓子屋の小さな包み紙が四つ。瑪瑙は弟子にお椀と匙と湯を人数分持って来るよう言いつけた。
「瑪瑙さま、そちらはなんですか?」
つぶらな瞳をきらきらと輝かせ、テーブルに身を乗り出して聞く弟子。
「こらこら、お行儀が悪いじゃないか。行儀のよい子の方が彼女は好いてくれるかもしれないぞ」
「はいっ!僕は良い子です。お師匠さまのお使いもきちんとこなせる良い子です!」
「じゃあ、そんなよい子な弟子はテーブルに」
「身を乗り出したりしません!」
弟子は姿勢を戻し、瑪瑙と鴇の顔を見てしゃきりとした表情を作った。それを見て木綿子が思わず吹き出す。緊張の走る会話の後の硬い空気をほぐすことが得意な弟子は解っているのかいないのか、鴇に頭を撫でられて満足げに胸を張る。
「これはね、こういうものよ」
瑪瑙は小さな包み紙を解いて中身を椀に入れる。
「最中…?」
「見てて」
瑪瑙はその最中に湯をかけるように注ぐと、最中が溶けて中から汁粉と淡い緑や薄紅の小さな兎が飛び出してくる。
「わあっ!おしるこだ!木綿子さん、とり、鳥もいます!」
椀の中を覗き込むようにしてはしゃぐ弟子と木綿子を横目に瑪瑙はテーブルの上に三つの包み紙を置いた。
「さて、ここには【こしあん】【抹茶餡】【くず湯】の三種類があるわ。どれがどれかは内緒。どれにする?」
瑪瑙の言葉に弟子はまたきらきらと目を輝かせて小さな包み紙を三つ見比べては唸り、すんすんと嗅いでみては唸り。
「僕はこれにします!」
「何味だと思う?」
「多分お抹茶です!」
「じゃあ、私はこれにします」
「木綿子ちゃんは何味だと思う?」
「くず湯かなって」
「シンプルなのが好き?」
瑪瑙がそう聞くと木綿子は少し耳を赤く染めて目を細めた。
「もともとくず湯が好きなのもあるんですけど…その、鴇さんが」
「私かい?」
「鴇さんって甘いものがお好きだから…」
抹茶とこしあんが当たればいいなと思って、と木綿子は言う。
「ありがとう、じゃあこれがこしあんか抹茶なのかな」
皆それぞれ思い思いに椀に最中と湯を注ぎ、最中を溶かしていく。ぐうるぐうると匙を回して次第に水分を吸って重たくなり解けていく最中。鼻先をくすぐる甘いこの香りは…。
「こしあんだった~!」
抹茶だと思って開けて違った弟子が声を上げる。木綿子はそんな弟子の隣でくず湯を見て満足げに微笑んでいる。予想通りといったところか。
「お前さんの真贋はもう少し修練が必要だねえ。ほら、抹茶はこっちだよ。交換するかい?」
鴇が弟子に椀を差し出すと弟子は不貞腐れたように頬を膨らませてその椀を受け取る。
「次は当てて見せます…ありがとうございます…」
すねた様子の弟子の頭を雑に撫でて入れ替わりで来たこしあんの懐中しるこを口へ運ぶ。懐かしい味だ。冬はよく親父とこれを食べていたっけ。
「瑪瑙さま、これはなんていう食べ物ですか?」
「これはね、懐中しるこというのよ」
「懐中しるこ…」
「本来は夏の食べものなんだけどね」
「お汁粉なのに?!」
「暑い時に熱いものを食べて暑気払いをするのだよ」
懐中しるこをぺろりと完食し、手を合わせながら鴇は言う。何事も学びにつなげてくれるのは助かるなあなんて思いながら。
「もうそろそろかしら」
時計はもうすぐ暮六つ。
「あ、おばあちゃん」
「ごめんくださーい。鴇ちゃんいらっしゃるかしら」
店先の扉を開ける音がする。
「あら木綿ちゃんもお邪魔してたの?…あら、」
「初めまして、瑪瑙とお申します」
帰宅したセキに瑪瑙が声を掛ける。
さてはて、どんな話が舞い込んでくるか…。鴇は楽しみ半分怖さ半分で体を震わせたのだった。
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