第23話 新たな客人
「君が訪ねてくるだなんて珍しいね」
「近くを通ったものだから、と言いたいところだけれど今回は違うの」
以前、南部鉄器の鉄亀を貸してくれた彼女―
「この前頂いた水羊羹、とっても美味しかったわ。ありがとう」
「お礼を言わねばならないのはこちらだよ。君のお陰で助かった、ありがとう」
「私たちはよき友人だもの、手伝えることがあればいつでも頼って頂戴ね」
瑪瑙は鴇を見つめ、
「それで今日はどうしたんだい」
「そう、今日はね…警告…じゃないわね、忠告というかお知らせに伺ったのよ」
「忠告とは穏やかじゃないね」
「電話でも良かったんだけれど、こちらのお嬢さんと縁を結んでおいた方が良さそうだと思って」
瑪瑙は鴇の隣で静かに会話の行く末を見守っていた木綿子に視線を移した。
「わたし…ですか?」
「ええ、久寿軒セキさんのお孫さんであるあなた」
久寿軒の名を聞いて木綿子は少し怯えるような虚を突かれたような顔をした。
「お嬢さん、最近ご自宅に来訪者があったでしょう?」
「…!」
「その鳶色の瞳に映る、[人と妖を混ぜたような]モノに遭遇したわね?」
「…瑪瑙や」
「なあに鴇」
「本題に入る前に彼女に君を紹介したいんだが」
瑪瑙は細めていた瞳を大きく開いて思い出したように笑った。
「そうね、初対面の人にこんなに詰め寄られちゃ怖いわね。ごめんなさいね。つい気が
瑪瑙は木綿子の正面に座り直し、美しい所作で礼をした。艶やかな髪がひと房、肩から滑り落ちる。
「お初にお目にかかります、
「時の狭間?」
「彼女は僕の友人なのさ、時の狭間というのは番地のようなもの。僕らのような業種の人間の挨拶には必ず入れるのが定石でね。僕であれば〈空の分かれ目〉になる」
「へぇ~」
「じゃあ次は僕が彼女を紹介しようか。彼女はお隣に住む久寿軒セキさんのお孫さんの久寿軒木綿子さん。僕にも負けない“いい眼”をもっている」
「初めまして、
木綿子はペコリと頭を下げた。
「よろしくね、木綿子ちゃん」
瑪瑙はにっこり微笑んで木綿子の頭を撫でた。
「早速なんだけど、最近ご自宅に来訪者があったわね?」
「はい、黒い髪の女性が来ました」
「そんな歪な人が隣に来たら解ると思うんだけどなあ…」
鴇は一週間前も店にいた。木綿子がその来訪者と対面している時間もこの店にいたのだ。周囲の妖たちが騒ぐくらいのモノなら店に居ても気付くはずなのに、“鴇は”気付けなかった。
「仕方がないのよ、彼女はそういうモノなの。彼女は空間を切り取ってしまうから」
「空間を切り取る?」
「ううん、結果的にそうなってしまうの。彼女は夏にしか生きられぬモノ。彼女が訪れる場所は自然と切り取られて彼女が居る夏の空間に置き替わってしまうの」
「もし、あの時私が鴇さんの所に避難しようとしても出来なかったわけですね」
「恐らく。それに彼女の生きている夏にはまだ黄昏屋はないもの、鴇が気付けなくても仕方がないわ」
「その夏にしか生きられぬモノは生きている時代が異なるのだね?」
鴇がそう尋ねると瑪瑙は深く頷いた。時代が異なるというのならば、来訪者が求めている人もかつては存在した過去の人なのかもしれない。
「彼女は求めている。自分を夏から解放してくれるモノを。彼女はその手掛かりを探している」
「それがうちのおばあちゃんなんですか?」
木綿子の問いかけに瑪瑙は困ったように眉を下げて。
「厳密には違うのよ…彼女が探しているのは彼女が生きている時代に存命だった有名な占い師である久寿軒セキさん。恐らくおばあ様は先祖の方からお名前を引き継がれているのではないかしら」
「占い師…」
「その占い師は
木綿子に見せてもらった手紙の中にあった緋褪堂、これで謎がひとつ減った。
「手紙を受け取ってしまったのね」
「放っておいても構わなかったのかい?」
「彼女が完全に立ち去れば空間ごと置き替わるから…あなたが拾わなければ自然と消えたでしょうね」
「でも拾ってしまった」
「後はもう依頼を完遂するしかない」
「完遂できなければ?」
「依頼不履行で…夏に囚われてしまうかもしれないわ…だから、」
「縁を結びに来たのだね」
「ええ、これは鴇だけではきっと難しい。
「…君は本当、優しいひとだね」
「困ったときはお互い様、そう昔言ってもらったもの。ねえ鴇」
瑪瑙は宝石のように輝く瞳を細めて鴇を見る。
「…わかったよ、助けてくれるかい?」
僕と彼女をと聞けば瑪瑙は嬉しそうに笑った。
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