第2話 とらえて、囚われて

それは、ひどく蒼い鱗であった。

陽の光に透かしてみても尚、蒼が降り注いでくる。ふかい ふかい 深海の、光すら届かない場所の、ひどく冷たい蒼であった。


それは“お代”として私の手元にやってきた。

数年に一度 新月の日に開かれる、この街の蚤の市でいやに綺麗なひとから受け取った。そのひとは懐中時計を買っていった。北の空に瞬く星屑が閉じ込められた懐中時計である。そのひとは言った。

『これを、お代として置いていこう。私の元にいるより貴方の傍が相応しいだろうから。』

そう言ってそのひとは私の掌にそっと筺を置いて去っていった。声を掛けようと思った時にはもう人混みに紛れて見えなくなっていた。

不思議な体験だろう?え、嘘だって?嫌だなぁ、嘘なわけないだろう?“キミ”はもうこんな事、珍しくもない程体験してきたじゃないか。…そうだろう?此処に来てからキミはそれはもう沢山、奇妙で不可思議な体験に遭ってきたじゃないか。え、今その筺は何処にあるのかって?キミ、毎日此処で見ているじゃないか。ほらそこに。その子ね、私から離れるのがどうも嫌らしくてさ。最初は店先に出してたんだけど、気が付いたら私の傍に必ず居るんだ。

煙管を置いて桐の筺に手を伸ばす。筺の紐をするすると解いて蓋を開ければ、受け取ったあの日の、いやに綺麗なあのひとの独特な香りが辺り一面に充満する。金青のシルク生地に包まれた『蒼』。そっと摘んで居間の人工的な光に翳してみる。蒼が降り注ぐ。何処までも深い蒼である。まるでこの居間が深い深い、光すら届かない深海に呑み込まれてしまったと錯覚してしまうほど、冷たい蒼である。

 

「お、お師匠、さま…?」

あまりに心配そうな店番の声がしてハッとする。

いけないいけない、この子にはもう暫くこの筺で休んでいてもらわないとね。眺めていればいるほど、私はきっとこの子から逃れられなくなる。


さぁさ、今日も店を開けなくてはね。

店番くん、今日も頼んだよ。私はこの子を仕舞ってから行くからね。


何処までも深く冷たい『蒼』を金青のシルクで包んで、蓋をし、筺に紐を掛ける。もう暫く、お休み。そう呟いて筺の蓋を撫でる。あなたの役目はまだ当分先のようだから。


「お師匠様!今日もいいお天気ですよー!」

店番の元気な声がする。店先には眩しいほどの陽の光が溢れている。柔らかで温かい陽の光が。

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