悪人しかいない街

西順

悪人しかいない街

 この街は悪人どもの掃き溜めのような街だ。


 脅し、奪い、犯し、殺す。ありとあらゆる犯罪が日々横行していたが、その防波堤であり、罪人を追い詰める犬であるはずの警察も、その犯罪者たちからの賄賂で肥え太り、内側から腐っているような街だ。


 私は子供の頃から悪ガキが過ぎた糞ガキで、ダチの家に上がり込んでは、そのダチの自慢するオモチャを盗む事に快感を覚えるような嫌なガキだった。


 年を重ね中学生にもなれば、ダチの男を寝取るのは当たり前となり、文句を言ってくるようなら、男のダチどもをけしかけて、人前を歩けなくする事に何ら罪の意識を感じない人間に成長していた。


 だから高校で無免許運転の罪をダチに被せたのがバレて警察に追われた私が、この街に逃げ込んだのは当然だったのだ。


 しかし掃き溜めなんて形容される街だ。働いて金を稼ごうなんて考える人間は殆どおらず、誰かが誰かから奪う事ばかり。それで街の経済が回るならばともかく、実際には先細り、この街に来た人間は、早々に街から逃げ出し外の警察のお世話になるか、犯罪に犯罪を重ねて街で一握りの極悪人となる以外に道はなく、でなければその辺の路地で野垂れ死ぬのが関の山だった。


「そいつを殺せば300万」


 その噂は瞬く間に街を駆け巡った。何でもこの街では珍しく、店を経営しているジジイが、ある男に懸賞金を懸けたと言う話だ。300万もの懸賞金を懸けるとなると、その男は店に相当な被害を与えたのだと分かる。だがそれが街に一握りの極悪人の一人だと聞けば納得だ。


 安い金で男に股を開いて日銭を稼いでいたが、そろそろ限界だった私は、その噂に飛びついた。いくら極悪人だったとしても、私の手練手管でそいつを籠絡してやろうと思ったのだ。人を殺すのは初めてだが、所詮暴力の延長だ。この街で死体が一つ増えた所で何ら問題ない。


 極悪人たちは大概、街の大通りを大手を振って威張り散らして歩いているもので、男はまるで懸賞金などどこ吹く風と、その日も大通りを肩で風を切って歩いていた。そしてそれはその通りで、何人もの男どもが極悪人の男を殺そうと襲い掛かるが、極悪人の男はそれらを返り討ちにするのだ。男はこの街で暴力で成り上がった男だったからだ。


 そしてそれを遠目から眺める女どもの姿もあった。ああ、こいつらもあの男を狙っているのだと、私の勘が訴えていたし、他の女どももそうだったのだろう。一人二人と男に声を掛けていき、それはあっという間に男を取り囲む女どもの群れとなった。しかし男はそんな女どもには目もくれず、大通りを女を掻き分けながら歩いていた。それはまるで誰かを捜しているかのようで、そしてバチッと私と目が合ったのだ。


 顔を真っ赤にして私のもとへと突進してくる極悪人の男。私は恍惚となりながら、男を迎えたと言うのに、男は私を地面に殴りつけた。


「てめえ! 何て事しやがった!」


 激昂している男。それはそうだろう。何せ私はこの男の情婦を殺したのだから。


「あんな女より私を抱きなよ。私の方が良い女だろ?」


 この極悪人の男を調べたら、いつも同じ情婦を侍らせていた事がすぐに知れた。だから殺した。男は強く殺すのは難しいと判断したが、女は要らなかったからだ。


「はっ! 尻軽女なんか誰が抱くかよ!」


「はっ! バカだね! あの女があんたにだけ股を開いていたと思っていたのかい?」


 更に激昂した男に、また殴られた。この男の情婦がどんな女だったのかは知らないが、この街の女だ。程度が知れる。


「ああ、良いだろう! そんなに俺に抱かれたいなら抱いてやる!」


 言うなり男は大通りのど真ん中で私を裸にひん剥くと、その場で私を犯し始めたのだ。笑える程下手くそだったけれど、気持ち良いフリをして男を喜ばせて、私は男と舌を絡めるディープなキスで唾液の交換をした。


 ゴクリ。と唾液とともに何かを飲まされたと理解した男だったが、もう遅い。この街には、街の外からわざわざ女を漁りにやってくるバカがおり、そんな男の一人に医大の教授がいた。私はその男を私の手練手管で籠絡し、毒薬の入ったカプセル剤を作らせたのだ。


 十分程苦しみ悶えた極悪人の男だったが、最期は泡を吹いて息絶えた。


「ふ、ふはははっ! やったわ! 私が殺したのよ! 見たわよねえ!」


 私は周りを取り囲む野次馬どもに、自分がこの極悪人の男を殺した事を喧伝し、重い男の死体を一人で引きずりながら、300万を払うと言っていたジジイのいる店に連れて行った。


「どう? 殺してやったわよ」


 男の死体に目を見開き驚くジジイ。ジジイのリアクションなんてどうでも良いのよ。


「殺したら300万よね?」


 良いながら私は手を差し出した。さっさと寄越せ300万。


「ああ、そうだったな。ほれ、300万」


 そう言ってにんまり笑うジジイが私の手の平に載せたのは、300円だった。


「はあ!?」


 意味が分からない。何で300万が300円になるのよ! そこではたと私は気付いたのだ。この店が駄菓子屋である事に。そして理解した。300万が300円になった理由を。


 ジジイ許すまじ。私はジジイを店の奥へと連れて行って殺し、私自身が駄菓子屋の店主に収まったのだった。

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