4.牡猫



「水葱子さん。掘り出し物はありそうですか?」

「ないらしいな」

「あなたは、何か買ってあげるといっても、いつだって結局何もねだらない。全く、金のかけがいがない……」

「だって本当に欲しいものがないから」

「何か、具体的にさがしているものがあるのでしたっけ?」

「あるにはある。仕事の資料だ」

「お仕事熱心ですね、あなたは」

「求めよ。さらば与えられん」


 突然純心があたしの手首をつかんだ。時計をつけているほうの、つまりは右の手で、がしりと。


「純心?」


 純心は何ごとも答えなかった。


 ざし、ざしと下草を踏んで進む背中は、うすいけれど広くて、あたしは流れてゆく景色の中、何か不動のものゝようにその背中を感じていた。

 つかまれたと同じく突然歩みはとまった。気付けば小屋の物影にいる。純心はあたしの肩を大きな手でつかみ、かみつくように唇を重ねてきた。



 ――ああ、人間の肌の味だ。



 熱をもとめる衝動とは強いものである。それにひきずられ、訳もわからず胸は痛くなった。水にかつえた旅人のように、逆にその熱を求めてしまう。


 ぼんやりとしている間に、純心の唇は離れていた。閉じていた目蓋をひらく。薄い色のひとみが、目前にせまっている。


 唇を離した後も、純心の顔は平然としていた。しかし、わずかに耳が赤く染まっている。


「すみませんね。衝動をおさえられなくて」


 真面目腐った顔で平然と語る純心に、あたしは思わず吹き出した。


「坊主のくせに」

「坊主も人間ですから」

「さっさと悟れよ」

「悟りきった去勢男がいゝのですか?」


 あたしは笑い、純心の背中せなに腕をまわした。


「発情牡猫おすねこ、おゝいに結構」


 純心の胸に顔をうずめると、腕に、頬に、くつくつと彼の笑いがひゞいてきた。


まさしく――ですね」

「なにが」

「「求めよ。さらば与えられん」」




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