サンセットと備忘録

阿久津 幻斎

自己紹介には及ばない

 わたしは物心ついたときからいつも一人だった。なぜだかは分からないが、わたしの周りには人が寄りつかないのだ。いや、それが誰のせいなのかとか討論したいわけではなく、ただ不思議なものだなと思うのだ。

 寄りつかないといっても完全に孤立していたわけではない。例えば小学生の頃。クラスの中には所謂、カーストという暗黙のルールがあった。そういった謎の形態は、それはまあ昔からあったのだろうが、カーストなどという言葉になって流行りだしたのはこの頃よりもう少し後だった。そのカーストの中には、わたしには大変理解し難い更なる分類があるようで、つまり仲の良い数人が集まってグループを成すあれだ。あれから不覚にも外されてしまった人間、やはりここでも原因は誰のせいだとか問い詰める気はさらさらないのだが、たちまち外されてしまった人間というものは、外される前の自分よりも格下のカーストに成り下がるか一人でいるかの、ほぼどちらかの選択肢しかなくなる。

 まあつまり、ここで登場するのがわたしなのだ。わたしという、逃げ場。どういうことかというと、つまり避難場所だ。一時しのぎにしかならないが、みなそういう人間はわたしに近付いてくるのだ。それは一人でいることに対してその人間のプライドが許さないからなのか、単に一人でいると寂しいからなのか、まったくわたしの知ったことではないが、そういう外れた人間がわたしの周りには寄ってくるのだ。こういうとなんだかわたしがまったく一人ではなかったように感じられるかもしれないが、寄ってくるといってもやはり一時的なもので、その外れた人間がなんらかのきっかけでもとの居場所に戻ることができたのなら、わたしはたちまち一人に戻るのである。

 お互いがお互いを一番に思いあっているような人間を、わたしは何度か見たことがある。一般的にいえばきっとそれは親友というもので、共依存にも似た関係だと思うのだが、その二人の間には他人の入る隙はこれっぽっちもなく、やはりわたしはその二人の世界の外にいるのだ。それが寂しいかと問われると、寂しいという言葉がしっくりくるとは思わない。また、それは嫉妬かと問われれば、そうでもないのだ。ただなんとなく、わたしはわたしの世界の中で一人きりで、共依存の二人の関係性のように、わたしもまた他人が入る隙を作らないようにしているのではないかと、ふとそんな風に感じるのだ。一人の世界に依存しているのではないか、と。

 これは時が過ぎても変わらなかった。わたしの世界に他人が入り込むことは、やはりなかった。だが一応、こういうわたしでも友達と呼べる人間を欲しいと思ったことは何度かあって、一緒にどこかへ出かけたり、なんともないお喋りをしたり、そういう普通そうな人間を一度やってみたいと思った時期があったのだ。そういう普通に、憧れの類を抱いていたのかもしれない。思い返してみれば、いつだってわたしは普通であることに憧れを抱き、手に入らないと知るまで、いや、知ってからも、それを欲しているのかもしれない。

 わたしが育った家庭は母子家庭というやつで、父親のいない家庭だったのだが、やはり例によってわたしは父親という存在を欲した。おもちゃのようにただ買ってもらえれば手に入るものではないのは、子供ながらに分かってはいたが、両親が揃っている家庭を見るたびになんともいえぬ劣等感に苛まれたのだった。

 わたしにはなぜだか分からない。なぜ、わたしが普通を手に入れようとしたとき、ことごとく手に入らないのか。一種の超常現象のようにわたしの前に立ちはだかる普通という壁は、非力なわたしにはあまりにも強力なもので、どうも一人だけでは壊せないものらしいのだ。だが、そうはいってもわたしはいつも一人きりだし、もちろん周りには誰もいないのだ。だからわたしは、立ちはだかった壁に背を向けて、ずっと遠くへと歩いているのだ。逆向きに歩いていけば、順行して歩いてきたわたしのような一人きりの人間と出会うのではないか、と。

 そんな淡すぎる期待を消さぬように、傍から見ればただの敗北者のようにうつったとしても、止まらぬように、ただ、歩いてみるのだ。

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