カフェとぬいぐるみ
駒月紗璃
カフェとぬいぐるみ
一軒のカフェがあった。モーニングコーヒーで有名な店だった。
「ここがうわさの店か……」
俺は店の看板を見上げる。最近SNSで話題になっているカフェが近所にあることを知り、試しに一度訪れることにしたのだ。
「いらっしゃいませ! 一名様ですね」
「あ、はい」
「おめでとうございます! お客様は当店1万2400人目のお客様です!」
「あ、え、そうなんですか」
それが多いのか少ないのかはわからないが、俺は満面の笑みの店員に連れられて壁際の席に座った。ところどころにぬいぐるみなんかが置かれていて、かわいい雰囲気の店だ。男の一人の俺は少し浮いているかもしれない。
俺が席に着くと、店員がメニューを取り出した。
「当店、モーニングコーヒーが人気となっているのですが、なににされますか?」
「じゃあ、そのモーニングコーヒーをお願いします」
「かしこまりました。では、こちらのQRコードを読み込んでお会計をお願いします!」
「あ、先払いなんですね」
「はい! ありがとうございます!」
俺が支払いを済ませると店員は頭を下げてカウンターへ歩いて行った。俺はふたたび店内を見渡す。人気だというモーニングコーヒーには少し遅い時間だからだろうか、人気店のはずの店内は意外にも空いていた。
「どんな味なんだろうな……」
俺はひとり楽しみに店員が戻ってくるのを待った。好みの味だったらこの店に通おうか、家からも近いし。
そんなことを考えていると、トレーを片手に先ほどの店員が戻ってくるのが見えた。
「お待たせいたしました」
湯気の上がるカップ。俺は、鼻をくすぐるコーヒーの香りに思わずため息を漏らした。ひと口飲んだ瞬間に口いっぱいに広がる味わい……。
しかし、俺の幸福な時間はそう長くは続かなかった。
「――!?」
俺は自分の身に起こっている異変の正体を突き止めようとした。体の自由が利かない。何かに押さえつけられているような感覚で、体が縮んでいるような気がする。全方向から圧力をかけられているような気持の悪さだ。俺は声を出そうとしたが、できなかった。店内にいる客は誰ひとりとして俺に注意を向けていない。俺は、ただひとりもがくほかなかった。
数分後。男性客が座っていた席には、真新しいピンク色のウサギのぬいぐるみが置かれていた。
「ぬいぐるみって、意外と早くダメになっちゃうのよね……」
コーヒーカップを片付けに来た店員は頬に手を当ててそうつぶやいた。
「このお店、ぬいぐるみが写真映えするからって理由で来てくれるお客さんもいるから、定期的に新しくしたいんだけど。お客さん100人ごとにぬいぐるみになってもらうの、効率悪いんだよなぁ……。もう少し頻度増やすかな」
――ウサギのぬいぐるみは、何も答えない。
カフェとぬいぐるみ 駒月紗璃 @pinesmall
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