第3話 もし、少女の姿が聖母に見えたら

 どう見ても小学生の女の子だ。でも俺も自暴自棄になっていた。

 結局、ストレートに伝える事に。


「自殺……かな?」


「なぜ?」


「なんでって……まあいろいろあってね」


「ふむ、いろいろですか」


 少女はそう言いながら、俺の隣に並んだ。そしてなぜか、俺の服の裾を掴んできた。まるで、絶対に離すまいという感じでぎゅっと握っている。


「なんだよ」


「私も一緒に死のうと思います」


「はぁ?」


 何を言っているんだこの子は?


「あなたはこれから死ぬのでしょう? では私もお供します」


「何を言ってるんだ!? 急に何だってそんなこと!」


「何か不思議ですか? あなた自身はこれから自殺しようというのに? 他人が自殺するのは止めるんですか? おかしな人ですね」


「おかしい?」


 確かにそれもその通りだ。俺はこれから死のうというのに、何で隣で死のうとする人間を止めようとするんだ?


 自分自身がわからなくなった。

 突然馬鹿らしくなり、何というかこう自殺する気力がなくなったというべきか。それとも意味も無く活力が湧いてきたというべきか。


「やめた。俺がやめれば自殺を止めるかい?」


「ええ。あなたがやめるのならわたしもやめようと思います。だって面白くもなんともないですもの」


 そりゃ自殺なんか面白くもないが。面白いと思ってやる人間もいないだろう。

 何だろう? この子変わってるな。品があるのに変わってる。


「君の名前教えてもらえる? まあこれも何かの縁だから、また自殺しようって時に思いとどまるかもしれない」


「分かりました。わたしの名前は瀬川らいらといいます」


「瀬川さんか。俺は――」


「知っていますよ。殿島さま」


 そう言ってらいらは俺の生徒手帳を取り出して見せてきた。 

 落としてたのか、気づかなかったな。


「ありがとう。瀬川さんは学校の帰り? その制服、近くのお嬢様小学校だろ」


「はい。ここで出会ったのを何かの縁ですし、付き合いませんか私たち」


 びっくりした。まさかこんな可愛い子がついさっきまで自殺してやろうなんて考えていた異常者相手に告白してくるなんて、世の中分かったもんじゃないな。


「一体全体、何でまた? ほんとついさっき会ったばっかりじゃないか」


 この俺の腰ぐらいしかない美少女は、何を考えているのか。

 当然考えてもわからないからそのまま口に出した。


「ですから縁です。手帳を見た時から何か不思議な縁のつながりを感じまして、それで顔を見た時に思わず見惚れてしまいました。こういう形から始まる恋があってもよろしいんじゃないでしょうか? ついさっきまで自殺を考えていたほど覚悟を決めていたのですから、あまり驚くことじゃないと思いませんか?」


「そういう言い方をされると……。確かにそうかもしれないけど」


「そちらに断る理由は?」


「それもないんだけど。……いや、わかった。でも今は色々事情があって正式に付き合う事が出来無い。それでも、その時が来たら彼女になってくれる?」


「はい、喜んで!」


 そう言って俺の腹あたりに顔をうずめてくるらいら。

 いい匂いがする。お嬢様特有のいい匂いかもしれない。少なくとも、あのクソ女よりもよっぽど。比べるのもおこがましいくらい、いい匂いだ。


 それに……。


 俺は視線を合わせるように膝を曲げて、自分の新しい彼女(予定)を抱きしめる。

 柔らかい。お嬢様特有の抱き心地かもしれない。


「これで恋人らしい最初の儀式は終わりましたね、殿島さま」


「下の名前で呼んでくれ、きっとその方が恋人っぽいと思うから」


「はい。では甲斗さま。……ふふ、さすがに小恥ずかしいですね」


 ほのかに赤く染めるほっぺたを両手で押さえるらいら。

 そのいじらしい姿に思わずもう一度抱きしめてしまった。


「大丈夫ですよ。わたしはそばにいて差し上げますから」


 俺の腕の中、俺の耳元に向かって囁いてきたらいらに聖母の姿を見た。

 まさしく拾う神だな。

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