第30話 追いかけっこ(羽人の場合)

「鬼さんこちら♪手が鳴る方へ~♪」


 王の眼前である謁見の間で逃げ回るオレを、騎士達は必死の形相で追いかけ回すが……


「はぁ、はぁ、待て……」


 さすがに一時間も走らせていたら疲れてきたらしく、多くの者が根を上げて脱落していく。


「おいおい! 最近の騎士様は、こんなオッサン一人も捕まえられねぇのか?」

「…………」

「言い返す気力もなしかよ? そんなんじゃ騎士の名が泣くぞ!」


 あまりの軟弱ぶりに呆れるオレは、仕方なくたわむれを終わらせよする……しかし!


「待ってください羽帽子のオジサマ。よかったら、アタシと鬼ごっこをしませんか?」


 何と、ここに来てまさかの挑戦者が現れた!


「嬢ちゃんがオレの相手をするのか?」

「ええ、よろしくお願いします♪」


 にこやかに挑むのは、王の傍らに立っていた白銀の鎧を身に着けた黒髪の少女。一見あどけない見た目をしてるが、その雰囲気はどこか圧倒されるものがあった。


「なるほどな。どうやら王の懐刀ふところがたなっていったところらしい……いいぜ嬢ちゃん。その“鬼ごっこ”とやらにつき合ってやるぜ!」

「ハイ。では、私の鬼でいきますよ。オ・ジ・サ・マ♪」


 言い終わると同時だった。少女が視界から消えたのは!


「早い!」


 初っ鼻から姿を見失ったと思った次の瞬間!


「どうも~♪」

「うぉわ!?」


 音もなく背後に現れた少女の気配に驚き、オレはその場から慌てて飛び退く!!


「あら? 年齢の割にはずいぶんと良い反応をしますのね?」

「ま、まぁな、これでも“羽人”という異名を持ってるんでね……」


 な、何を強がっているんだオレは!? 羽人の異名なんて、今のにはぜんぜん関係ないだろが!!


 自分自身に突っ込みつつ、少女との距離を一定に保つことを心がけようと……何っ!? 今度は正面から突っ込んで来るだと!? 


「さぁ! 捕まえますわよオジサマ!!」


 普段なら女から捕まえられるのは嬉しい限りだが、今回は別だ!


「悪いが嬢ちゃん。こっからは本気で鬼ごっこをやらせてもらうぜ!」


 オレは後方に大きく跳躍ちょうやくする……


「え、何を!?」


 少女が戸惑うのも無理もない。何せオレが跳んだ方向には、さっきまで走り回っていた騎士の一人が、息を切らして無防備に立ちっぱなしだったからだ!


「ぶ、ぶつかりますわよ!!」


 心配して叫ばれるが、オレにはそうならないだけの絶対的な自信があった。


「ハハハ!よく見ておけよ! 羽人の妙技みょうぎをな!!」


 騎士にぶつかろうとした瞬間、オレは華麗かれいに身をひるがえして……トン!


「なっ!?」

「お、おい……アレ……?」

「う、嘘だろ……?」


 少女をはじめ、周りの騎士達までもが一斉に驚愕するのも無理はない。何せオレは、ぶつかりそうになった騎士の頭に片足で見事な着地を決めていたのだから!!


「へへ……どうだい嬢ちゃん! ちったぁ驚いてくれ……あれ?」


 バカにした嫌味でも噛まそうするが、少女の姿はさっきまでいた場所から消えている。


「ど、どこだ、あの娘は!?」


 騎士の頭の上に乗っかったままで周りを見回すも、姿は……ん?


「な、なんだ……頭の上に妙な違和感が……?」

「つーかーまーえーたー!!」


 その間延びした声を聞いた瞬間、心の底から「ギョ」っとする!!


「ま、まさか……!?」


 おそるおそる視線を頭上にずらすとそこには……


「ヤッホー!オジサマ! アタシの勝ちですよね♪」


 屈託くったくのない笑顔の少女が、羽人オレのお株を奪うかの如く頭の上に乗っていたのだ。しかも、指一本で器用に逆立ちを決めたままの状態でだ!!


「…………!!」


 もはやこれは、「まいった」という言葉すら必要ないくらいに敗北を認めるしかなかった。

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