第20話 何もかもが関係ない世界(ある老人の場合)

 三〇〇メートルもあろうかという長距離から、まさかの投げ槍による狙撃そげき……そんな無謀としかいえない行為を、守人は何の躊躇ちゅうちょもなく実行してみせた!!


「バ、バカな……この距離からじゃと!?」


 如何に鍛え上げた人間でも、せいぜい一〇〇メートル……強靭きょうじんな肉体を誇るオークロードでさえだって二〇〇メートルに届かせるのがやっとのはずだ。

 なのに……なのにだ! 守人が投げた槍はそんな常識を嘲笑うかのように、稲妻の如き勢いでワシをまとにして真っ直ぐに向かって来る!!


「……こ、こうしてはおれん!」


 あまりの非常識かつ、理不尽な光景に思考が停止しかけたが、すぐ様に気を取り直して刹那せつなで銃をかまえる!


「フッ、ここにきて何年何十年かけて培った技と経験が役に立つか……」


 己の持ち得る技術に感謝しつつ、冷静に撃ち落とすべく槍へ狙いを定めて引き金を引く!


 パァーーーーーン!!


 銃口から寸分の狂いもなく撃ち出された弾丸。この一発で守人の弾丸は無惨に打ち落とされ……


 キィィィーーーーン!


「は、はじかれただと!? ワシの確実かつ正確な狙撃が、槍の勢い如きに弾かれただと!?」


 人生をかけて培った技術による一発。それがあっけなく返された事実には驚愕するしかなかった!


「し、信じられん……ワシは夢でも見て……」

 ザシュ!!


「な、なん……じゃと!?」


 胸を突き抜ける冷たい感触。これは……


「そ、そうか……わ、技どころか……命までを貫くか……」


 一方的に流れ込む“死”というイメージは、かすむ視界と失くなっていく身体の感覚によって明確なものにへと変わる。


「ゴフッ……」


 大量の吐血をするなか、ゆっくりとこちらへ近づく何者かの足音が聞こえる。


「……死神か?」


 思わず言葉にして声をかけたが、立っていたのは首を左右に振って否定する守人だった。


「ほう、違ったのか……」


 とはいえ、目と鼻の先程にまで接近している相手を見逃す訳がない。そう考えて再び銃をかまえようとするが……


「……ダメだ。まるで力が入らん」


 もはや支えるだけの力も残ってないワシは、崩れる様に地面へ倒れる。そして、一部始終を見ていた守人は短く呟く。


「無様ね」と……


 ハハハ……無様か。今まさに死出の旅立ちをしようとする者への贈り言葉としては辛辣過ぎる言葉だ。

 まあもっとも、あと数秒でこの世の全てから関係なくなる身のワシにとっては、例えどんな言葉をかけられても無意味だとは思えるがな……


 ああ……そろそろ視界が黒くなり始めた……いや、それとも白いのか? どちらにしろワシはすぐに旅立つ。


 そう、何もかもが……関係ない……世界へと――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る