第15話 待ち続ける人(ある妻の場合)

『三ヶ月で帰る』


 魔法使いの夫が、妻の私にそう言い残してから家を空けて既に半年が過ぎていた。


 当初は一向に帰ってこない夫に対して『約束を守る彼にしては、珍しいこともあるものだ』とくらいにしか捉えていなかった…….いや、という方が正しいのかも知れない。


 何故なら、夫が家を空けた理由は決して軽はずみなものではなかったからだ!


 ――――数年前のある日。王国の首都による“魔王の復活”という報せが瞬く間に国中を駆け巡った。

 もちろん、それは例外なく私と夫が住むこの辺境へんきょうの村にまで届いていた……っが、夫はともかくとして、私にはそれがどこか絵空事えそらごとようにしか思えてならなかった。


 数ヶ月後……楽観的だった私はついに驚愕することになる。何と、魔物が徒党を組んで私達が住む村へ強襲をかけてきたからだ!!


 この危機に腕に覚えがある夫は、直ちに長年使い込んだ杖を片手に村の自警団と協力して魔物へ立ち向かい、これを退けることに成功する。しかし、残念ながらこの戦いは数名の犠牲者が出てしまっていた。

 一方、幸いにも夫自身には何の被害もなかったことで私は安堵していた。だが、そんな気持ちとは裏腹に夫の顔には明らかに暗雲あんうんが立ち込めていた。


 ――――数日後、夫はあらゆる情報網を使って事態を改善解決する術を模索し始め、やがてはある結論へ至ってしまうことになる。


「魔王を倒す!」


 それこそが夫が導き出した単純至極、唯一無二の結論であり正解だった。


 ――――さらに数日後の早朝……


 意を決した表情の夫が「三ヶ月で帰る」と伝えてきたので、私は必死に作った笑顔で彼の首に“御守り”と称したロケットをかけて言った。


「約束してください。必ず帰って来ると……」


 直後、夫は何も言わないままに私をやさしく抱き締めていた。


 夫が家を空けて以後、待ち続ける私はずっと考えていた。あの時、夫を見送らず無理にでも引き止めておけばよかったのではないかと?

 たが、今さらそんなことを悩んでいても仕方がないことだった。そう私は納得できない自らの決断を悔いながら夫の帰りを待ち続けるしかなかったのだ。


 例え、如何なる時間が過ぎようとも……

 例え、この身が滅びても……

 例え、この魂が滅びても……

 例え、帰って来るべき村も家も人も全てが蹂躙じゅうりんされ尽くされていても……


 私は待ち続ける。愛するあの人の帰りを信じて、永遠に待ち続ける。


 永遠に……永遠に……彼を信じて……待ち続けるしかないのだ……

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