第十九話 決意

 今は1579年となったから、初めて自分から歴史を変えるようなことをしたのは、去年のこととなる。


 上月城の尼子勝久の息子たちは落城に際して父と共に命を散らした。

 それを何とかしたいと考えたが、当然元服もしていない子どもに何かができるはずもなく、師匠にせめて子どもだけでも救えないかと相談した。

 父上も何とかしたいと動いているが、それでも決死の覚悟を崩さない尼子勢に対して、流石の師匠であっても策は浮かばなかった。

 それでも師匠は「何もできないとは思いますが」言って播磨へ向かってくれた。


 結果は半分成功、半分失敗となった。

 半分成功半分失敗というのは二人の勝久の息子うち一人しか救えなかったという意味だが、すごいものが付いてきたのは全くの予想外だった。


 豊若丸は1570年生まれの十歳で、上月城での話が森家の娘である柊様の琴線に触れたのか大いに気に入って、いつの間にか桐様との婚約が決定していた。

 今は人質として長浜城で養育されているが、母上ではなく柊様が養育しており、すでに母上とすら呼ばせている。


 そしてすごいものこと、山中鹿之介幸盛であるが、主に豊若丸を託されたことから、中国へは戻らず長浜で暮らしている。

 これほどの高名なものに何もさせないのは勿体ないので、長浜で雇った兵たちの訓練を任せている。

 また鹿之介には妻も娘もいたが、嫁ともどもかつての尼子再興の戦で離別しており、羽柴家は嫁探しに奔走した。


 そこで浮かんだのが、福島正則の姉の結である。

 当初、秀吉は別所重宗との婚姻を考えていたが、別所の宗家が裏切ったこと、また年が離れすぎていることから秀吉の叔母である結の母が反対し婚姻は宙に浮いた形となっていた。


 歳は正則の二つ上で結婚には遅すぎるくらいの年齢となっており、上月城の落城の知らせを受けてからしばらく間をおいて、昨年末婚姻した。花嫁は十九であった。

 秀吉にとっても高名な鹿之介が、自らのいとこと婚姻することになんの文句もなく、母上からの提案にすぐに許しを出した。



 話は前後するが昨年の九月、母上とともに安土の信長様の許へ行き、築城の祝いを持って謁見を申し込んだ。

 信長様の様子はいつもの通り、母上に甘いところをこれでもかと見せ、城内のいたるころを案内し、これでもかというほどの菓子がだされた。

 普段は出ない酒まで出て、それを飲んで気が大きくなったのか母上はなんと信長様に愚痴り初めた。


「聞いてくださいまし、昔は何度もねねさえおればよいなどと言うておったのに、側室は迎えるわ、私が何も知らぬと思うて京でも遊んでおりましたし今頃姫路でも遊んでおるに違いありません」

 流石の信長様も焦り始めてまあまあその辺でとたしなめている。

 自分も恐れ多くてなんとか母上を止めようとしたが効果がなかった。

「餅丸を産んでから、子を作ってやれなかったわたくしが悪いのもわかります。でもやはり悲しゅうて」

 といって母上は泣き始めた。その後も愚痴っては泣きの繰り返しで手に負えない。


「わかったわかった。わしもねねに子をやるゆえ、泣き止むがよい」

 聞き間違いだとは思うが、何かとんでもない事を聞いた気がする。

「又左もねねに子をやったのじゃ。わしがやっても文句はあるまい。於次をねねにやるゆえな」

 やはり言っていた。この森家、羽柴家への甘々っぷりにはもう何の言葉も出ない。

「家督は餅がいるゆえ、餅でよい。その代わり我が子と思うてかわいがってくれ」

「ありがとうございまする」

 そういって母上は涙を流し、しばらくして眠った。


「城の外に駕籠を用意するゆえ、餅丸よそこまで母をおぶってやれ」

 そう言われて母をおぶり一言申し訳ありません言って安土を出た。

 そして、翌日あの有名な文が送られて来た、さらに本当に於次丸を養子にする話が進み、今年於次丸が送られてきた。

 酔いが冷めた後の母上の反応は相当なもので、日を開けて母上は一人で信長様のもとに謝罪に向かっていった。



 昨年十月荒木村重が織田家に謀反を起こし、黒田官兵衛が捕らえられた。

 官兵衛までも裏切ったと考えた信長様は人質である、松寿丸(長政)の処刑を父に命じ、受け取って保護するために竹中半兵衛様は長浜に来た。

 そしてその後、陣中で血を吐き倒れ、今は京で静養している。


 今自分は京の町にいる、母上たちに無理を言って半兵衛様の見舞いに僅かな供をつけて駆けつけたのだった。

 かつて考えた、未来のことを相談する機会が巡ってきたと考えたからであった。

 そしてそのために半兵衛様の療養先へと向かい、そこで半兵衛様の顔を見た時、自分にはできないと悟った。

 父上や母上にも隠していることを、死期が近いからといって誰かに言う事は自分にはできなかった。

 死にゆく者を利用することもできなかった。

 そんな自分に半兵衛様の声が響く。


「餅丸殿わざわざ来ていただきありがとうございまする」

 ひどい罪悪感が襲ってきた。だが努めて平静を装う。

「見舞いたいと思いまして。母上たちに無理を言って来てしまいました」

「なにか相談事でもあったのですか?」

 流石に鋭い、誤魔化すこともできるとは思うが、未来のこと以外にも聞きたいことはある。


「夢物語のようなことでもよいですか」

 笑みを浮かべてうなずいてくれた。

「師のもとで学んでいてふと疑問に思いました、唐と日ノ本が戦をすれば勝てるのかと?」

「元寇のように攻めてきたなら勝てまする」

「ではあと十年して織田が天下統一して、いつものように筑前よ二十万の兵を与えるゆえ唐を成敗して参れ、当然叔父上も小六様も半兵衛様もおりまする。これならばどうでしょう?」

「楽しそうですな。相手が韓信や項羽でなければ勝って見せますよ」

「では、攻めるのが父上たちでなく普通の将でなればどうですか?」

「負けますね」

 あっけなく言われた言葉に、日の本との差を感じた。


「でも父上たちで唐に勝ったとしても結局日の本が唐になるだけと思えるのです。あの蒙古ですらそうでありました。蒙古だけでなく何度も支配されましたが結局は皆、唐の人となって叩き出されました。私はどうやら日の本のことが好きなようで、日の本が日の本のまま唐に勝てる方法はないのかそれが聞きたかったのです」

 笑われるような話かもしれないと思っていたが、半兵衛様は真剣に耳を傾け答えてくれた。


「なるほど夢物語ですな。でも簡単です。戦わなければよいのです。長篠の折、筑前殿は言いました。千人より百人に言う事聞かす方が簡単だと。ならば人のいないところで大きくなればよいではありませんか。わざわざ唐天竺のように人の多いところで苦労せず、人の少ないところで日の本を広めればいずれ唐天竺にも勝てましょう」

 半兵衛様はすごいことを言い出した。

 しかしなるほど人の少ないところか、時間はかかりそうだが日の本を広め易いともいえる。


「参考になりましたかな?」

「ただただすごいと思うただけでした」

「私は楽しゅうございました。私が餅丸殿にしてあげれることはこれで最後でございましょう」

「そのような」

「いいのです。死期が近いとみて聞きに参ったのでしょう?本当に聞きたかったことは聞けなかったようですが、大方筑前殿の関係することでありましょう。そうだ最後に一つ三河殿はお信じになられませぬ様に」

「え?」

 あまりに予想外の言葉に心底が見透かされたのかとすら思った。


「大殿も筑前殿も才に自信がありすぎるゆえ、餅丸様あたりがちょうどいいと思っての言葉です。餅丸様今日はありがとうございました。楽しくてつい喋り過ぎました。少し休ませてくだされ」

 そういって、半兵衛様はまた床に伏した。

 なぜ突然徳川の事を半兵衛様が話されたのかわからなかったが、流石に一度も半兵衛様に徳川の事を話したこともないので、流石に自分を見ての事とは思えない。

 半兵衛様が徳川を見て何かを感じたのだろう。


 半兵衛様が休まれたので療養先を退出し、その帰り際改めてあの罪悪感のことを思い出していた。

 どうやら自分には父上や母上、中村のお祖母様や朝日様、小一郎叔父や柊様にあこ様、おまつの母上や師匠。

 そういった人たちに秘密にしていることを、その人たちに秘密のまま、他の者に秘密を打ち明ける事はできなさそうだった。

 そして、これからも未来のことを知っていることは父上や母上には絶対に言えないだろう。

 ならば死ぬまできっと誰にも言えないな。そう思う。

 この日自分は、この秘密を一生の秘密にすることを決意した。


 この決意は、自分の弱さや甘さが原因かもしれないが、それでも先の記憶を持って生まれたことは一生の秘密にしようと、そう思ったのだった。

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