第十七話 同化
歳の上では十歳となった1576年。
あの毛利が本願寺支援の方針をとり、織田と毛利の海戦が起きて、織田家は包囲していた石山への補給を許す敗北を喫した。
だがそれ以外は毛利との大きな衝突は起きていない。
毛利は、本格的な戦いの下準備の最中といった様子だ。
織田家の動きも、毛利家への侵攻は先送りにしていてこちらも下準備といったところである。
目下の話題としては安土城の築城が始まったことが大きな噂になっていて、完成すればどれほど絢爛豪華なものになるのだろうかと皆が予想し様々な意見を言いあっている。
羽柴家のいつもの三人も共に自らの子の世話をしながら、いつか安土に三人で行こうという話を母上にしている。
「ねね様は働きすぎです。せっかくお祖母様と一緒にいるのですから、仕事は孝蔵主殿と東殿に子はなか様と母上に全て任せてたまにはゆっくりすればいいんです」
あこ様は母上をゆっくり休ませたいのが一番のようだ。
「そうしたいけどなかなかね。石松は体調をよく崩すし、豪もいただいたばかりでなにかあったらおまつ様に悪いし、それにややの初めての子がもうすぐでしょう、やっぱり心配で」
そういって母上はなかなか首を縦に振らない。
「そんなことばかり言っているといつまでも休めんぞ、私もこの前、勝蔵の顔を見に行ったりとゆっくりさせてもらってる。すぐにとは言わんが安土ができたら折をみて祝いも兼ねて安土見物にでもいくとよい。それとも私達には任せられぬか」
柊様にそう言われて母上も観念したのか、折を見てと答えるとあこ様はすぐ機嫌を良くして母上に話しかける。
「三人で行けないのは残念ですが、いつか三人で行くとときのために、ねね様に物見任せるとします。義姉のためにゆっくり存分に見てくださいね」
三人の話はまだ続きそうだ。
*
先程の母上たちの話にもあったが、父が側室の南殿との間に産んだ石松の体調が芳しくない。
父上や母上の悲しむ顔など見たくないからなんとか生き永らえてほしいが、自分の知る歴史通り進むのだろう。
まつの母様が産んだ妹は、豪と名付けられ羽柴の家ですくすくと育ち、父上も母上も目に入れても痛くないほどにかわいがっている。
妹となると、柊様の娘である桐様や柏様とは少し違うもので、後ろについてきてはまだ舌足らずな言葉で「あにしゃま」なんて言われると恐ろしくかわいい。
機嫌の悪い時に見つかると、どこで覚えたのか「あにしゃまおおま」と言われて馬にさせられる。
この前など、母上の侍女をしている徳殿や小屋殿はまだ幼いこともあり妹の侍女というか遊び相手をしているのだが、妹だけでなく小屋殿も自分を馬にしているところを東殿に見つかりものすごい勢いで謝られた。
話を聞いた母上は子どものすることですからと笑ってお咎めなどなかったし、母上から話を聞いた父上も同じだった。
子ども好きな父と母にとって、東殿の娘はすでに自分の娘のようになっているのだろう。
ちなみに、この城にいる子どもはこんな感じだ。
まずは自分、名は餅丸で歳は十、そして妹の豪姫まだ三つだ。
叔父上と柊様の家では産まれた順に長女桐姫が八歳、長男松丸六歳、最後に柚姫が三歳となっている。
あこ様と孫兵衛様のところでは、孫兵衛様が町人との間に産んだ長男が大蔵と名付けられいま八歳、あこ様との間に産んだ次男が喜助と名付けられて四歳である。
後は、東殿の娘の徳殿が五歳、小屋殿が四歳で、他にも何人か女中として勤めている娘たちがいるが、流石にここまで若くなく若くとも十二、三といったところだ。
小姓として、福島市松や石田佐吉といった面々も一緒に暮らしてはいるが、城に小姓部屋を与えられそこで寝泊まりしている。
大谷紀之介などは城に母がいながら、妹たちが母と暮らしているのと違い小姓部屋で暮らしていて、仕方のないこととはいえ少しかわいそうだと思う。
残りの親戚の子どもと言えば、あれだけ心配していた自分の一歳下の万丸(秀次)は宮部継潤の家から実家に戻り、一つ下の弟小吉(秀勝)とすくすく育っている。
最近は秀次のことは楽観視し始めている。
小一郎叔父に子ができたこともあって、自分の知る歴史での小早川秀秋くらいの立場に落ち着くのではと思っているからだ。
そしてあのやや様に子が生まれるのは母上たちが話していたとおりだ。
あの自分をおもちゃに遊んでいたやや様が、母となるのは時の流れを感じてしまうが、自分が生まれ落ちての影響は今のところ大きくなっていないように思える。
一番大きな変化は柊様が嫁いできて、羽柴と森の関係が強化されたことだが、それによって羽柴の家が森家を従えることなど当然ありえず、自分の知る歴史どおり若様(織田信忠)の与力として転戦しているし、それはこれからも変わらないだろう。
織田家の動きや周辺の大名の動きも自分の知るものと変わりなく、歴史の修正力なのかこの程度の変化では大きな変化には繫がらないのかは分からないが、考えていた以上に変化がない。
まあ余計な変化を歴史に与えたくないと考えていたからとはいえ、転生者が十年近く誰にも改革の進言や知識を伝えることもなく、していることといえば寺で勉学に励んでいるだけというのは前代未聞な気がする。
ただこれは自分が特別なわけではなく、知識だけ持って記憶がないからだと思っている。
冷暖房の快適さも、コンロや水洗トイレの便利さも、知識だけで実感がないから戦国の世でも耐えられるし、今でも十分と思える。
記憶があれば色んなところが気になって変えたくなるのも当然だ。
これまでの自分の生活と程遠い環境をどうにかしたくて手を出してしまうだろう。
未来のことを知りながら、変えようとしない転生者らしくない転生者ではあるが、まだ先のことにはなるけれども変えたいと思うことが数年先に一つだけである。
多分師匠に頼ることとなると思うが、そこまで歴史に影響はないと思うし人助けだ。
当然結局なにも変えることできなかったという可能性も大きいが、そのために動きたいとは思っている。
そんなことを考えながら、今日も師匠の許へ学びに向かう、今日もただ戦国の世に生まれた武将の子として、なんの変哲のない一日を送るために。
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