解釈違い殺人事件

小狸

短編

 *



 大好きな漫画の大好きな登場人物が、無残にも殺害されてしまった。


 しかもあっけなく、である。

 自室で寝転がりながら、まさかとは思いつつもページをめくっていたら、推しが死んでいた。


「はあ?」


 と、そんな頓狂とんきょうな声が出た。


 その漫画は、週刊少年ザックで連載されている超人気作で、この夏に三期のアニメの放映が決まっている。そんな中で、主要登場人物の一人、塔宮とうのみやさながは、キャラクター人気投票では五位と、主人公たち三人衆や言泉げんせんさんには劣るけれど、それでも根強い人気を誇るキャラクターであることは、疑いようのない事実だった。


 そんな推しが、死んだ。


 その漫画のアニメの一期が始まったあたりからである、私が週刊少年ザックを購読し始めたのは。一人暮らしのアラサーなので、部屋に物を置ける場所はない。電子書籍にて購入して、毎週火曜日に更新される日を、楽しみに待っている――所謂本誌派の人間である。


 どちらかというと中高生より少し高めの年齢層向けの漫画であり、週刊少年ザックでも初期は若干浮いていたらしいけれど、今では立派な、看板漫画である。


 先週からの導入で、推しが危機に立たされているという状況の中、どうなるのかとハラハラしつつ、一週間の仕事を終え、火曜日の零時零分に更新を迎え――いの一番に、その漫画を読んだ。


 すると――推しが死んでいた。


 残念ながら、この漫画の世界に「回復」だとか「修復」だとか、そう言った便利魔法のような類のものは存在しない。欠けたものは欠けたまま描かれ続ける。そんな所も、私の好きなところであった。


 のだが。


 あっさりと、敵役の幹部に、宛は倒されてしまった。


 殺されてしまった。


 殺され方というのも、もうどうしようもないくらいに不可逆なものであった。


 薙刀なぎなたで、心臓を一突きである。


 確かに宛は、初撃に弱い所がある。


 戦闘が長引けば長引くほど有利になるという、持久戦向きの戦闘員である。しかし――それでも、信じがたかった。


 もう二度と、宛の皮肉めいた笑顔も、ニヒルの利いた口調も、格好良い横顔も、見ることができないのである。


 私は泣いた。


 まるで前座か何かのように、あっさりと殺されてしまった宛を弔うために。


 半べそをかきながら、ツイッターをスクロールすると、意外な反応があった。


 いつも考察している連中は、当たり前のように別角度の考察をし、感想を呟く本誌派の人々も、大して宛の死を気にしていないのである。


 いや、気にしていないという言い方はあまり良くないが――まあ、この作者ならるよね、と言った感じであった。


 私は、堪えきれなくて、思いの丈をツイートした。


 どうして死ななければならなかったのか、あっさり殺すなんて、この作者はどうかしている、作品を大事にしていない、ふざけるな、この作者は、作品はクソだ、もう二度と読まない――と。賛同を得られると思って呟いたけれど、しかし賛同者は少なかった。どころか、引用リツイートやリプライで


『そういうコメントは誹謗中傷にあたるから、やめた方が良いですよ』


『誤字だらけでワロタ』


『こういう馬鹿が時々湧くんだよなあ』


『作者がツイッターやってたら長文DM送ってそう』


『顔真っ赤で草』

 

 などと、言われる始末であった。


 意味が分からなかった。


 私はただ、自分の思いを、ツイートしただけだというのに。


 私に味方は居ないのだということを痛感し、実感した。


 このまま、もう二度と、宛は登場しないのだろう。


 死者が復活するような生易しい物語ではない。死は絶対であり、突如として訪れる。そういう作風の作者なのだ。

 

 それ自体は良い。けれど。

 

 推しが死んで、やっと私は理解した。

 

 私にとって、彼は自分の命よりも大切な存在だったということに。


 気が付いたら私は、外に出ていた。

 

 部屋着からよそ行き用の服に着替えて、キッチンに立てかけてある包丁をかばんに隠し持って。


 解釈が、私と合わないのなら。

 

 この物語を、強制的に終わらせるしかない。

 

 なかったことにすれば、きっと宛の死も全て、意味を成さなくなる。

 

 それしか――ない。


 作者を、殺す。


 私の脳には、もうそれしか存在していなかった。


 私は、週刊少年ザックを出版している柳泉りゅうせん社へと向かった。


 そこに行けば、作者に会える。


 分かってもらおう、宛がどれだけ私の人生を、豊かにしてくれたかを。


 それを理解してもらえなければ、私は。


 殺すしか――ない。


 私は、東京行きの列車へと乗った。

 


 柳泉社本社ビルに刃物を持った一人の女性が闖入ちんにゅうし、警備員一名を殺害、駆け付けた警察官に軽傷を負わせ、女性は現行犯逮捕されるという事件があった。彼女は心神喪失状態であり、精神鑑定の結果が待たれているという。


 2023年6月17日土曜日の、梅雨の晴れ間の日のことである

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解釈違い殺人事件 小狸 @segen_gen

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