愛想なし!ガソリンスタンドの佐藤くん。
こけさく
第1話 佐藤くんとの出会い。
夢は、それなりにある。
イラストを描くことが好きだった。
でも、根気がないから挫折していた。
人間関係がめんどくさいとか、朝早起きがツラいとか、すごく些細なことで何もかもあきらめていた。
だけど、佐藤くんに出会えて自分自身の価値観が少しずつ変化していく。
一生懸命になる姿がカッコ良いと、まっすぐ脇目も振らず見つめている視線が誰よりも悩ましく。
だから、誰よりも愛想ひとつない佐藤くんが誰よりも魅力的に見える。
今、片思いをしている。
佐藤くんと出会って半年、ほぼ毎日会っている。
佐藤くんは相変わらず愛想ひとつない。
いつも、つまらなさそうに伏しみがちに目線をそらして、冷たく同じ言葉を伝える。
「ラーク・マイルドひとつ」
佐藤くんと出会って、まともに聞いた言葉は、ラーク・マイルドだけ。
それも、気をとられていたら聞き逃しそうなほど、小さい声。
毎回、あきもせずに大きなコッペパンのピーナッツ味とランチパックのツナ。
そして、飲み物はアクエリアスだった。
週1回、ヤングマガジンを買う。
それ以外は、雑誌コーナーで立読みをしている。
立読み時間は5分程度。
佐藤くんのルーティンは変わらない。
佐藤くんの制服も手も黒いオイルで汚れている。
細く繊細な指、短く切ってある爪。
華奢なカラダ、制服が少し大きくてダボついて、タータンチェックのスボンはベルトをしているけれど腰パンスタイルだった。
明るい茶髪のヘア は、重め前髪のマッシュヘア。
左耳にキラリと輝くシルバーのフープピアス。
ラークマイルドを受けとると、スボンのポケットに入れて、そそくさと帰っていく。
佐藤くんと過ごせる時間は一瞬で終わる。
愛想ひとつない佐藤くんと少しでも会話をしたい。
愛想のない佐藤くんに話かけたい。
でも、出会って半年、その勇気はもてなかった。
佐藤くんは愛想がないうえに、威圧感があるから、話かける隙を与えてくれない。
それでも、佐藤くんが大好きだ。
荻窪と阿佐ヶ谷の間、青梅街道沿いに佐藤くんが働くガソリンスタンドがある。
ガソリンスタンドの隣は、路地を挟んで小さなストアがある。
日用品を含め、精肉、鮮魚、青果、惣菜と品数は少ないものの、必要最低限が購入できる。
松井めぐみ、19歳は、このストアでアルバイトをしていた。
「フレッシュマートながた」店名の通り永田社長が経営者。働いているスタッフは、勤続15年のベテラン女性パート4人。
めぐみ以外は、40代以上で主婦だった。
ベテランパートたちは、個性的でおしゃべり好きだった。
めぐみは20歳程度の若者だが年上女性と相性が良い。
容姿的にも派手さもなく、どことなく田舎っぽさが残る癒し系、何よりも真面目に無遅刻無欠勤で働く。
そんなところが癖の強いパート女性にも気に入られてだろう。
勤務して半年、問題なく働いている。
人間関係で度々仕事を辞めてきた根気のない、めぐみだが、
アットホームこのうえない 「フレッシュマートながた」が、
悲しくも合っているようだ。
めぐみ以外の4人の主婦パートは、朝9時~日中3時や遅くても4時で仕事を終えて帰る。
そこから先、閉店時間の20時までは、週1日だけ働きに来る田崎さんと、経営者である永田夫妻のどちらかが店番をしていた。
駅前から少し離れた住宅地の街道沿い、大型店のような混雑はない。
朝から日中、社長が自家用車で市場から仕入れた青果、精肉、商品などをパッキングして店頭に陳列すれば、午後からは、わりと落ち着いてた。
とは言え、永田夫妻も育ち盛りの小中学生の娘が2人いるし、町内会長と言うこともあり、学校行儀や町内会合やらで多忙だった。
フリータイムで働いてた、めぐみはロングタイムで閉店まで頼まれることが多かった。
永田夫妻にとっても働き者のめぐみは、重宝されて可愛がられていた。
このフレッシュマートながたに勤務するまで、めぐみにも夢があり、イラストを描いては、企業に応募していたり、クラウドワーキングに登録しては、パソコンで広告依頼を請け負っていたが、独学で身につけた知識、上には上がいるもので、大きな仕事に繋がることもなく、せっかく就職した広告制作会社も人間関係を理由に簡単に辞めてしまった。
1人暮らしをしている、めぐみにとって失業保険で生活できる猶予もなく、取りあえずすぐに働ける交通費がかからない、自宅近くの勤務場所を探した。
無料の求人雑誌、偶然、目にとまった場所。
それが「フレッシュマートながた」である。
ロングタイム勤務を求めていた、めぐみにとっても好都合だったし、何よりも店内の商品ポップを作る作業も楽しかった。
めぐみがフレッシュマートに勤務するまでは、みなポップを描くことに不得意で、社長がダンボールの切れっぱなしに黒いマジックで「特売!」や「セール!」と殴り書きをしていた。
めぐみが来てから店内のポップは、色鮮やかになり、社長夫妻もパートたちにも感謝されていた。
めぐみは、このフレッシュマートに居心地の良さを感じていた。
そして、毎日のように昼食を買いにくる、フレッシュマートの隣で勤務するガソリンスタンドの佐藤くを心待ちにしていた。
佐藤くんは、ほぼ毎日、午後3時過ぎに1人でフレッシュマートに来店する。
基本的に自動ドアが開くとレジに目を向けることもなく、雑誌コーナーに直行する。
5分程度立読みして、パンコーナーで決まったパンを手に取り、飲料コーナーで缶コーヒーかスポーツ飲料を手にする、そして目線を合わせずに「ラーク・マイルド」と、愛想なく呟く。
佐藤くんが伝えなくてもラークマイルドを買うことは分かっている。
それでも佐藤くんの地雷を踏まないように佐藤くんがラークマイルドと呟いてから、めぐみは指定されたタバコを手にとる。
10分もかからない出来事を心待ちにして、幸せを感じている。
愛想なくて、まともに会話ができなくても、佐藤くんと会えるだけで幸せを感じることができる。
それが片思いとうものであり、片思いの醍醐味だ。
ガソリンスタンドのスタッフは、基本的に佐藤くん以外も出勤日は昼食を買いに来店する。
正午と13時に2~3人と同年代の仲間同士で和気あいあいとした雰囲気が伝わってくる。
自動ドアが開くと「こんにちは!」と、常連客らしい声をかけてくれる。
佐藤くん以外は、愛想が良い。
佐藤くんは顔見知りであり、ガソリンスタンドの誰よりも来店率が高い常連客だか、佐藤くんは愛想が悪い。
そんな佐藤くんを愛しく思えるのは、単刀直入に言えば外見でしかない。
色黒で華奢な佐藤くんは、冷たい目線がたまらないクールな男。
少し腫れぼったいまぶた、奥二重。
たまに、ごくたまに、チラリと目線をレジを担当するめぐみに向ける
その目線がたまらない。
それだけで、めぐみはドキドキと鼓動が早くなる。
めぐみ自身も、何故こんなにも佐藤くんに夢中になるのか、的確な答えは見つからない。
愛想がないところも佐藤くんの魅力。マイナスさえも片思いをすればプラスに変わる。
佐藤くんの年齢も、佐藤の名字以外は知らない。
ただ一方的に見つめているベタすぎる片思いに新しい空気を入れた相手は、めぐみの中高校と同級生でもある、腐れ縁のアヤだった。
アヤもめぐみと同様にアルバイト生活をしては、勤めては辞めてを繰り返していた。根気のなさで言えばアヤは、めぐみよりも上をいっている。
何よりも、アヤは働くことが 大嫌いで、朝起きることが苦手だ。
毎日週5日、朝9時に始まる一般的な企業に勤めることにストレスを感じ一週間で辞めた経験もある。
アルバイト生活を転々としたのち、今は失業保険で生活をしている。
失業保険の生暖かな生活にアヤは正直心地よさを感じていた。
バンド系の音楽が大好きで朝までパソコンでネットを楽しんでいる。昼夜逆転のニートのような生活をしていた。
アヤもアヤなりに、こんな生活じゃ駄目だと思っているのだろう。
めぐみとお茶をするときに「私もそろそろ働かなきゃなぁ」と、呟いていたが、それでも一度味わった甘い生活を改善することは難しく、アルバイトを探す素振りもない。
めぐみが働いているフレッシュマートでは、夜の人手が足りなくて、めぐみは度々ラスト勤務を社長夫妻からお願いされていた。
社長夫人は、めぐみに声をかけた。
「夜、もう1人アルバイトを探しているのよねー。めぐちゃんのお友達でアルバイトしたい子いないかしら?度々、めぐちゃんに閉店までロング勤務させてばかりで申し訳ないから。めぐちゃんだって若いから、まだまだ遊びたいでしょうに・・・」めぐみは謙遜しつつ首を大きく横に振り笑ったが、アヤの存在を思いだし、社長婦人に伝えた。「あっ、そーいえば、私の友達で今仕事してなくて、職探ししてる子いますよ。住まいも、フレッシュマートからも自転車で数分です。」社長婦人の目を輝き、是非、アルバイトの件を話してくれないか、めぐみに頼んできた。
めぐみは、勤務を終えると、すぐにあやに電話をかけて、アルバイトしてみないか訪ねてみた。
アヤは、めぐみの想像以上にアルバイトの話に飛びついてきた。
1つ返事で働きたい!と言ってきた。
朝が弱いアヤにとって夕方の勤務や、交通費がかからない近隣と言うことも好都合だったのだろう。
めぐみは再び、社長婦人にアヤが働きたいことを伝えた、あれよあれよと面接に進み、めぐみの友達と言うこともあり、アヤもフレッシュマート永田で勤務することになった。
やや派手めや茶髪のロングヘアーのアヤは、正直、昼間のベテランスタッフからのウケは良くない。
それでもアヤなりに最初は愛想良く働いていたが、アヤのネコかぶりは長くは続かなかった。
アヤが勤めて約1ヶ月、アヤはベテランスタッフとかぶることがない夕方のシフトオンリーに移り、落ち着いている店内で商品補充や清掃することもなく、ただレジ内に立ち、スマホを隠れて見ているような状態だった。
その様子は防犯カメラにも写っていて、社長夫妻もベテランスタッフも知っているが、いないよりはマシ的な感覚で目を瞑っていた。
もちろん、めぐみもアヤの怠けた勤務態度は知っているし、予想もついていたが、腐れ縁の同年代の友達だけに恋愛話などで盛り上がることも度々ある。
めぐみにとってはアヤが働いていることで、学生時代に戻ったような感覚だった。
アヤが勤めはじめて 約1ヶ月が過ぎた頃だった。
めぐみとアヤは、ランチも兼ねてカフェでお茶をしていた。
同じ職場とは言え、勤務日や勤務時間もすれ違うことも多いし、他のスタッフの手前もあり職場中は大胆に話すことは出来ない。
珍しくアヤから「水曜日、たまにはランチしない?ちょっと話したいことがあるんだ」LINEのメッセージが届いた。
もちろん、めぐみもアヤと久しぶりにゆっくり話したいと思っていた。
水曜日、2人は馴染みの阿佐ヶ谷駅付近のカフェに入り、お決まりのハンバーグランチをチョイス。めぐみはガソリンスタンドの佐藤くんに片思いしていることをアヤに話していたし、アヤも佐藤くんの存在を知っている。
カフェでの会話は、愛想ない佐藤くんの話で盛り上がった。
食後のアイスコーヒーを飲んでいると、アヤは、少しかしこまったように、めぐみに話しかけた。
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