1-14.Strobolights

「……」

「……」


 無言の時間は続く。

 虫の鳴き声と、時折、鼻をすする音が聞こえる。

 少なくとも、泣き止んではくれているようだ。それだけでも、この行動に意味はあったのかもしれない。


 いくつも漂う色とりどりの光の玉が、俺たちを優しく照らしている中、俺はアオイ先輩を抱き寄せている。正確には、自分の心音を聴かせる為に、彼女の耳を自分の胸に押し当てている状態だ。


 ある意味ロマンティックなシチュエーションだが、俺の思ったロマンティックはこんな形じゃない。というか、よく考えたら背後にゴブリンの死体があるしどちらかと言えばホラーだ。


 俺は正直、困っていた。これ、いつまで続ければいいの?

 もちろん、アオイ先輩の気が済むまでこうするのにやぶさかではない。いくらでも付き合える自信はある。ただ、そもそも気が済む済まない以前に、慰める為とはいえ付き合ってもいない女子に対してこうして無遠慮な接触を続けるのはどうなのかと思ってしまう。


 別に女子が苦手というタイプではない。手と手が触れただけで舞い上がってしまうようなピュアな少年の時期などとうに過ぎ去っている。多少のボディタッチなど、ちょっとだけおっふ……となるぐらいだ。”コンロ箱”での儀式の時にめちゃくちゃ舞い上がってしまったのは例外で、背中抱きまくら事件の時も例外だ。あれ?


 ともかく、なんというか、アオイ先輩は俺にこうされてても構わないのだろうか。

 俺は鈍いわけではない、とも思う。これまでずっと、二人っきりでサバイバル生活をしている内に、めちゃくちゃ仲良くなれた自信はある。アオイ先輩は俺ごときに憧れてくれているのは明言しているし、それでなくとも間違いなくお互いに信頼し合っている。嫌われているなどありえない。むしろ、ほんの少しぐらいは好意を持たれているかもしれない。多分。


 だからというか、別に問題は無いとは思うのだが、でもなあ、と、何かが俺の脳内でせめぎ合っている。

 我ながら七面倒臭い性格すぎる。どうも、無駄なことを考えて自分の気恥ずかしさを誤魔化そうとしているようだと解釈した。

 自分のしていることが正しいと信じ、ただこうして待つのみ。それが正解だろう。


 それから少しだけ時間が経ち、アオイ先輩がようやく言葉を発した。


「……レンくん」

「はい」

「色々、臭いよ」


 弾けるようにアオイ先輩から離れる。本気ですいませんでした。


「……ぷっ。あはははは」


 アオイ先輩は笑う。泣き腫らした跡があちこちについてはいるが、陰を感じさせない彼女らしい笑顔だった。


「……えーっと、あの。すいません、無神経でした」

「冗談だって。半分だけど」

「半分……」

「そんな落ち込まないでよー。ただのイジりだよ。それよりもレンくん、早く手当てしないと」

「……あぁ、そう言えば」


 頭を殴られ、出血していた。既に血は固まっているようで、髪の毛が結構な範囲でカチコチになっている。

 服にもそこそこ血が染みており、思ったよりも自分がたくさん血を流していることを今ごろ自覚した。痛みがほとんど無く、体調が悪いなどの症状も無かったので気づかなかった。


 ただ、腕がじんじんと痛んでいる。どうして今まで気づかなかったのか、というぐらいだ。骨が折れているとは思えないが、青あざぐらいはできまくっているかもしれない。


「傷口診るから、横向いて」

「……お願いします」


 アオイ先輩の指示に従うと、ゴブリンの死体が視界の隅に入ってしまったが、もうこの際無視することにした。あれはただの背景。ただの背景、だ。アオイ先輩も何も言わないし、これで良いだろう。


「……わー、頭の傷なんて初めて見た。けど、血は止まっているし、水で洗ってタオル巻いちゃうね。四つん這いになって」


 水がもったいない、と思ったが、水風船果実があるし良いかと思い直した。横を向き、言われた通りの体勢になる。しばらく待つと、水をちょろちょろと掛けられ(少ししみたが我慢した)、髪の毛を優しく拭かれ、そしてタオルを巻かれた。何故か、少し嬉しくなった。


「……できた。レンくん、痛くない?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

「……なーんか、私に畏まりすぎなんだよね、レンくんって」

「そうです、かね」

「そうだよ。もっと砕けていいよ。私とレンくんの仲なんだから。なんならタメ口にして欲しいし」

「いや、それはちょっと……」


 別に、年上だから敬意を払うべきという脳死の考え方ではない。あくまでもアオイ先輩という一人の人間に対しては、どうしても敬意を払いたくなってしまうという話だ。

 彼女の過去の一部を知った今でも、それは全く変わらない。


「あの時、私の手を取ってくれた時みたいにさ。あれ、結構キュンときたのに」

「そ、そうですか……」


 ゴブリンから逃げる時のことだ。確かにあの時、『走れ!』と実際の行動と乖離した命令を出してしまった。それでキュンとくるのは、アオイ先輩はM的な素養があるのだろうか。


「まあいいや。今後の私の目標にします。レンくんに絶対タメ口言わす」

「謎すぎる目標……」

「あははっ、そうだね」


 頭の手当てを終え、今度は腕を診ると予想通りそこかしこに青あざができていた。

 この傷については、痛みはするが腕を動かすのに支障が出ているわけでも無いし、包帯なども持ち合わせてはいないので放置すると宣言した。


 アオイ先輩は、努めて明るく振る舞っている。少し過剰なようには見えるが、今はそれで良いと思った。


◇◇◇


 その後俺たちは、アオイ先輩の提案でゴブリンの死体を土に埋め、黙祷した。”土を掘る”という作業には、折れた剣を使った。以前発見した人骨を埋める際にも重用したものだ。


 俺たちを殺そうとしてきたモンスターだ。埋葬なんて、ましてや黙祷なんてわざわざしてやる必要など無いと思いはしたが、アオイ先輩がそうすると言うのなら従うまでだ。


 何か、良く分からないが、自分の中で変化が起こっているような気がする。言葉にできないそれが、俺をずっともやもやさせていた。


◇◇◇


 ゴブリンを埋葬した後、この場でキャンプをするのもはばかられたので、水風船果実を回収しつつ、移動してからテントを張った。食欲は無かったが、少しぐらいは何か口にしておいたほうが良いとアオイ先輩にたしなめられた為、果実を何個か食べた。


 この世界に”モンスター”が存在する、ということが確定した今、無警戒に二人同時に睡眠を取ることができなくなった。なので、とりあえずは3時間ずつ、次に1.5時間ずつ、とお互いの睡眠時間を区切り、見張りを交代するというやり方で寝ずの番を立てることにした。後は臨機応変に対応する。

 この方法で、一人4.5時間プラスアルファの睡眠を取れば体力的には十分回復する。と思いたい。


 見張りの順番は俺が先、アオイ先輩が後だ。

 初めての寝ずの番だ。辛いだろうが、頑張らなくてはと気合を入れた矢先に、俺にとってとんでもなく衝撃的な事件が発生した。

 俺たちは少しだけテント内でおしゃべりをし、「そろそろ寝るね」とアオイ先輩は横になる。その、しばらく後のことだった。


「……ねえ、レンくん」

「? どうしました?」


 そろそろ出るか、と重い腰を上げようとした時に声を掛けられた。ささやくような声だったので、俺は横になっているアオイ先輩の近くに寄っていった。




「私、レンくんに惚れちゃったかも。ちゅーしていい?」




「………………。バカなこと言ってないで、さっさと寝てください」

「あだっ。こらー、先輩の好意が受け取れないって言うのかー」


 こつんとアオイ先輩の額を叩き、俺は立ちあが、上がる。何かアオイ先輩が力なく喚いている気がするが、俺は見張りをしな、しなければななならないので「はいはい」と流し、し、つつ、テントトの外に出たたたた。


 ……。

 ……。

 ……。


 は????????????????????る??????????????????


 え、待って無理死ぬ。いきなり何言ってんのあの人?? 馬鹿なの?? 死ぬの?? いや俺がね?

 待ってその前に俺なんて言われたの? ほれた? ホレた? 掘れた? 何が? 美味いの? 芋的な? 美味いよね、芋。いや違くて。

 ホント無理マジで無理なんだけど。呼吸困難なんだけど。呼吸という概念がどっかに吹っ飛んでいっちゃったんだけどまずいまずいまずい。

 え? もしかしてだけど俺告白された?? 推しから?? マジ?? あの”狂い姫”から??

 いやあの感じだと寝ぼけていただけじゃね? ほぼ目を閉じていたし。呂律もあんまり回っていなかったし。

 それよりも本当に呼吸がつらい。つらいのだ。今呼吸してしまったら心臓が口からモーモールルギャバンしてそのまま心臓がYOASOBIして最後に心臓がFear, and Loathing in Las Vegasしてしまうような気がする。俺の心臓って何なの?

 今、猛烈に音楽が聴きたい。日食なつことかそういう系聴いてマイナスイオン的情景を想像したい。浸りたい。chillしたい。Net◯lix and chill なんつっちゃったりしてバッカお前バッカそれ違う意味になっちゃうだろ!

 いやね、危なかったよ? 確かに、あれを言われた瞬間、俺は本気で理性を喪いかけた。ワンチャンオオカミになりかけた。ワンちゃんだけに。

 我慢できた理由が分からない。やるべきことがあると自制したのか、それとも単に勇気が出なかったからか。『据え膳食わぬは男の恥』なんてことわざがあるが、俺は真にその意味を理解できたような気がする。悪い意味で。


 落ち着け俺。ここは危険地帯だ。見張りだ。見張りをしなければ。

 歩こう。とにかくテントの近くをうろつきまくれば気が紛れるかもしれない。そうだ、そうしよう。


 ザッザッザッと、落ち葉を踏みしめる音を立てつつ、俺は歩いた。

 当然のごとく、考え事が脳内を支配し続けて見張りどころじゃなかった。

 なので俺は、どうにかこうにかしてなんとかした。その後は上手く見張りに集中することができた。ただ、代わりに数日間なんとも言えない罪悪感と戦うことになったのは秘密である。こんな時に何やってるんだ俺。

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