風竜様はお寝坊さんです 2
……ええっと、ガイ様のお話では、竜の方は卵型の魔石の姿になってお眠りになるのですよね?
つまり、風竜様はおそらく緑色の卵型の魔石でお眠りになっているはず……です。
それなのに、目の前の巨大ベッドの上には、うつぶせに枕を抱きしめて、熟睡していらっしゃる方がいらっしゃいますよ。
緑色の髪はわかりますが、うつぶせなので顔はわかりません。
……ここは風竜様のご寝所ですよね? 巫女以外の方は入ったらダメなんですよね? ではこの方は巫女……ではないですよね? 男性っぽいですもんね⁉ いえ、身長が高く体格のいい女性も世の中にはいらっしゃるとは思いますけど……男性っぽい気がします。だって、白いズボンに裸足で、上半身は裸です。さすがに女性は上半身裸にはならないと思います。たぶん。
困りましたよどうしましょう。
「あのぅ……」
声をかけてみても、熟睡中の男性はピクリとも動きません。
卵型の緑の魔石も見当たりませんし、わたくしは一体どうしたらいいのでしょう。
「どこのどなたかは存じませんが、ここは風竜様のご寝所ですよ……?」
「くー」
……これは返事ではなくいびきですよね?
「ここで眠ると怒られちゃうと思いますよ?」
「くー」
「今ならわたくししか見ておりませんから、今のうちに逃げたほうがいいと思いますが?」
「くー」
「あとそれから、風竜様を知りませんか?」
「くー」
ダメです。何を言ってもいびきしか返ってきません。
告げ口するようで心苦しいですが、いつまでもこうしてはいられません。
一度ご寝所の外に出て、ファティマさんとサラーフ様にご相談しましょう。
『アレクシア、風竜様はお目覚めになられたか?』
部屋の外に出ると、サラーフ様が期待に満ちた顔でおっしゃいました。
「いえ、その……」
期待されているところ申し訳ありませんが、想定外の事態なのですよ。
「ご寝所に緑色の髪をした男性がお眠りになっていまして、その、風竜様はどこにもいらっしゃらないようなのです」
正確には、卵型の魔石が、ですが。
『なんだって⁉』
サラーフ様はさっと表情を強張らせました。
『ちょっと前にここに盗賊が入ったのだ。もしかしたらその一味かもしれない!』
ええ⁉ そうなんですか⁉ でも堂々とお眠りでしたよ?
それに、ご寝所へは巫女しか入れないのでは? 鍵もかかっておりましたし……。
ますます解せません。
けれども、しきたりなのでサラーフ様もファティマさんもご寝所へ立ち入ることができませんので、ベッドで熟睡している方をどうにかして起こして連れ出すしか、確認方法がありませんよ。
……声をかけてもちっとも起きなかったんですが、どうしたら起きてくださるんでしょう。
「もう一度様子を見てきます」
『ああ。だがくれぐれも気を付けて。念のため結界魔術を張っておけ。起き抜けに襲ってくるかもしれない』
「そ、そうですね」
見たところ丸腰……と言いますか半裸状態で武器らしいものは何もありませんでしたが、用心に越したことはありませんものね。
わたくしは用心しながらご寝所に戻って、そーっとベッドに近づきます。
「あのー?」
「くー」
……起きる気配はこれっぽっちもないんですが……。
上半身裸でいらっしゃるので、触れるのは少々躊躇われますが仕方ありません。
わたくしはそっと肩に触れて、軽く揺さぶってみます。
「起きてくださいませ」
「くー」
「朝ですよー」
「くー」
「ええっと、盗賊さん……いえ、バーダバーダさんですかー?」
「くー」
「…………起きないと頭から水をかけますよ」
「くー」
ダメです。脅しも通用しません。
……かくなる上は……そうです! わたくしが担いで部屋の外へ出せばいいのですよ!
わたくしのぼんやり脳も、たまには名案を思い付くようです!
わたくしは熟睡中の男性に重さを感じなくなる魔術を描けますと、両脇に手を差し込んでよいしょと抱え上げます。
魔術をかけたので重くはないですが大きいので、これはこれで大変です。
「よいっしょっと」
何とか男性を背中に担ぎましたが、どうしても足は引きずるような形になってしまいます。
……すみません。それほど長い距離ではないので我慢してくださいね。
心の中で謝って、男性を担いで扉へ向かって一歩踏み出したときでした。
「ひゃあっ」
急に視界がぐるりと回って、わたくしは次の瞬間ベッドの上に投げ出されていました。
わたくしの腰にはしっかりと腕が巻き付いていて、思わず体を硬直させてしまったのですが、背後からは規則正し「くーくー」という寝息が……。
「意地でもここで眠りたいんですか⁉」
寝ているはずなのにどういうことですかとわたくしは頭を抱えて、ハッとしました。
男性は背後からわたくしにしっかりと抱き着いておりまして、そのおかげでわたくしも立ち上がることができません。
「もう寝てていいですから放してください!」
男性の腕を引きはがそうと格闘することおよそ十分。
……これだけ暴れても起きないって、どういうことなんですかね。
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