竜の巫女ってなんですか? 3

 わたくしの思考回路は、間違いなく三分は停止していたことでしょう。


 わけがわからず茫然としていたわたくしは、目の前の黒髪の女性が跪いたままであることに気づいてハッとしました。

 いろいろ聞きたいことはありますが、その前に立ち上がっていただかなくては。いつまでもひれ伏したままですと彼女がつらいですし、わたくしも居心地が悪いです。


「あの、立ってください。ええっと、いえ、座りましょう。いろいろ聞きたいことがあるのです」


 ひとまず、彼女はクウィスロフト国周辺で使われている言語が操れるようです。ようやくこれで、わたくしが今置かれている状況も確認できるというもの。


「ですが……」

「お願いします。その体勢でいられると、その、落ち着きません」

「そういうことであれば」


 彼女は最初立ち上がることを躊躇っていましたが、わたくしが懇願するとあきらめてくださったようでした。

 座ってくださいとソファの隣をポンポンと叩くと、おずおずと腰かけてくださいます。


「いろいろ聞きたいのですけど、まずお名前を伺ってもいいでしょうか?」

「ファティマです。竜の巫女様」

「ファティマさんですね。……あの、その竜の巫女ってなんですか?」

「竜の巫女様は竜の巫女様でございます」

「えーっと、それはもしかしなくてもわたくしのことをおっしゃっていますか?」

「もちろんでございます」


 ……人間、言葉が通じても意思疎通ができるとは限らないのかもしれません。そういえばドウェインさんとも会話がかみ合わないことが多々ありました。言葉が通じても頭の中に疑問が増えていくこの状況をどうしたらいいのでしょうか。


 こういう時は何から確認すべきでしょう。

 うーんと悩んだわたくしは、ここに来るまでにわたくしに対して使われた呼称の「バーダバーダ」と「ダナ」の秘密から訊ねることにしました。この二つがわかればもう少し理解しやすくなると思ったのです。しかし――


 ……バーダバーダが「侵入者」「泥棒」というような意味で、ダナが「竜の巫女」ですか。侵入者や泥棒は、なんとなく意味がわかりますよ。わたくしが勝手にあの岩の山に入ったから侵入者や泥棒と勘違いされたのですね。でも、竜の巫女はわかりません。


「竜の巫女とは何ですか」


 質問が元に戻ってしまいましたが、とにかく他を訊ねる前にこれを解決したいです。

 ファティマさんはちょっと困った顔をして、わたくしの首からぶら下がっている鍵なのか魔術具なのかわからないものを指さしました。


「我らに伝わる伝承にあるのです。竜が目覚める時、竜の鍵を持つ乙女が天より遣わされる、と。そして、あなた様がいらっしゃいました」

「するとつまり……これが竜の鍵?」

「はい」


 なんてことでしょう⁉ でもこの鍵は、グレアム様が骨董商から仕入れた大量の魔術具の欠片の中に紛れ込んでいたもので、わたくしが持っていたのはたまたまなのですよ!


「いえ、わたくしは違いますよ! 竜の巫女ではなくただのアレクシアという名の一般人です! この鍵もたまたま手に入れたのです! そんなに大事なものだとは知らなかったのですよ。ええっと、お返しします!」


 グレアム様が怒るかもしれませんが、ファティマさんたちにとってとても大事な鍵のようですので、これはお返しした方がいいと思います。

 けれど、首から外して差し出したのですが、ファティマさんは受け取ってくださいませんでした。


「いえ、巫女様……いえ、アレクシア様。そちらの鍵はすでにあなた様をお選びになっています」

「どういうことですか⁉」

「石が、緑色に輝いておりますれば」

「それは魔力を流したからですよ!」


 魔力を流せば魔石が光るのは当たり前のことです。わたくしは選ばれたのではなく魔力を流しただけなのです!


「いいえ、その魔石には特別な竜の魔術がかけられているのです。選ばれたもの以外が魔力を流すことはできません」


 なんですかそれ! そんな魔石も魔術もはじめてききましたよ!

 ダメです。魔術の知識も魔石の知識もわたくしでは少なすぎて理解が及びません。グレアム様が必要です!


「わたくしはこの国の人間ではございません。きっとこの魔石も何か勘違いを起こしたのでしょう。正しい持ち主を探してください。わたくしは帰らなくてはならないのです」

「この国に住まう人間かどうかは関係ないのです。鍵がお選びになったのですから、アレクシア様が竜の巫女です」


 ……うう、絶対に違うと思うのですよ。だって竜の巫女って……うん? ちょっと待ってください。何か重要な言葉を聞き逃した気がします。


「ファティマさん、先ほど、竜が目覚める時、竜の鍵を持つ乙女が天より遣わされるとおっしゃいましたよね」

「その通りです」

「ということは、この国には竜がいらっしゃるのですか⁉ 何竜ですか⁉」


 なんと! クウィスロフト国の地下でお眠りになっている水竜様と、火竜であるガイ様に続いて、第三の竜の登場です。何竜なのでしょうか?


「伝承では、はるか昔にこの国にてお眠りになられたのは風竜様とお聞きしております」

「バラボア国は風竜様がお守りになっている国なのですね」

「いいえ、それは違いますよ。ただ、はるか昔の国王陛下が、風竜様に頼まれてご寝所を作られただけなのです。ですが、風竜様は、この都を築くのにご尽力下さったと伝わっております。人が住めなかったこの地に住まう知恵をくださったと。ゆえに、風竜様は我らの神のようなものなのです」


 ……神様ですか。思えば火竜の一族の方々も火竜様を神様のように奉っていらっしゃいましたし、バラボア国の方々もそうなのかもしれませんね。


「巫女様を盗賊と間違えてしまったことについては、心よりお詫び申し上げます。一年ほど前に風竜様のご寝所に盗賊が侵入しまして、それで皆ピリピリしていたのです」


 すると、わたくしが入り込んだあの岩で作られた山が風竜様のご寝所ということでしょうか。

 それは納得ですね。知らない人間が勝手に入り込んだら、泥棒さんと間違えても仕方がありません。


 ……でも、このまま竜の巫女にされるのは非常に困ります。わたくし、グレアム様のもとに帰らねばなりませんし。


「あの、わたくしが鍵に選ばれて竜の巫女になってしまったのは理解しました。けれど、わたくしはいつまでもここにいるわけにはいかないのですよ」

「巫女様のお役目が終われば、我が国のものが元の場所まで無事にお送りいたします」

「お役目とは何でしょう?」

「風竜様を、お起こしいただくことです」

「…………まだ眠ったままなんですか?」


 てっきりもう起きているのだと思いましたよ!

 だって「竜が目覚める時、竜の鍵を持つ乙女が天より遣わされる」とおっしゃったじゃないですか。


 わたくしは頭を抱えたくなりました。

 だって、竜の起こし方なんて知りませんもの!

 ガイ様は起きてくださいましたが、あのときとは状況が違いますし!


 わたくしが途方に暮れそうになったとき、空腹が限界に達したらしいわたくしのお腹が、ぐうと小さく主張します。

 ファティマさんが微笑まれて立ち上がりました。


「お食事をお持ちいたしましょう」


 ……腹がすいては何とやらと言いますし、ここはご厚意に甘えることにいたします。



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