これは魔術具? それとも鍵? 1

 翌朝、動きやすい服装に着替えて、わたくしとグレアム様は城下町の骨董市に出発です。

 骨董市は人が多いとのことで、馬車で乗り付けるようなご迷惑になることはいたしません。

 グレアム様と手をつないで、のんびり歩いていくのです。


 メロディとオルグさんは、わたくしたちが骨董市に行っている間はお休みです。

 大魔術師であるグレアム様がご一緒ですので、護衛なんて不要なのです!


 ……ロックさんはせめて一人は連れて行ってほしいと苦言を呈されていましたが、グレアム様の「邪魔だ」の一言で撃沈されました。グレアム様は二人きりのデートをご所望なのです。そしてわたくしも、グレアム様と二人きりの方が嬉しかったりします。


 骨董市は、城下町の南にある大広場で開かれています。

 すごい人ですよ!

 大広場前には、幅の広い石階段があるのですが、階段にもたくさんの人が座っています。


 ……骨董市と聞きましたが、食べ物や飲み物も売られているのですね。一種のお祭りのようです。


「アレクシア、はぐれるなよ」

「はい!」


 しっかりと指を絡めて手をつなぎ、わたくしたちは人々の間を縫うようにして歩きます。

 一口に骨董品と言いましても、本当に様々です。

 食器類や家具、よくわからない置物、古書、何に使うのかわからない壺や、昔の民族衣装のようなものまで並んでいて、目移りしそうです。


 ……あ! 古いお金を発見しましたよ! 銅貨ですかね、変色して青緑色をしています。


 グレアム様によると、骨董品には偽物も多いそうなので、書かれている案内や店主さんの言うことをすべて鵜呑みにしてはいけないのだそうです。

 でも大丈夫! 何故ならわたくし、お金の使い方はいまいちわかりません。買い物をしたことがないのです。クウィスロフトの王都からコードウェルに向かう道中でも、御者さんに言われるままお金を出しておりましたから、今でも金貨一枚で何がどれだけ買えるのかわかっていません。ですので怖くてお金には触りまんから、偽物を買わされる心配はないのです。


 覚えたほうがいいのでしょうかとも思ったのですが、コードウェルでも自分でお金を出して買い物する機会はないのです。その……必要なものは、ご用意してくださいますし、商人の方がお城に来ても、わたくしは商品を選ぶだけでお金のやり取りをしないのでございます。

 どうやら、グレアム様の妻に、お金勘定の能力は必要ないみたいなのですよ。

 知らないままでいるよりは知っていたほうがいい気もしますが、わたくしの覚えることはほかにもいろいろありますから、必要でなければ優先度は下がってしまうのです。


 ……きっともうしばらく、お金のやり取りの仕方は知らないままでいることになりそうですね。


 グレアム様は食器や家具類などには見向きもせずに、古い魔術具をお探しです。

 わたくしが人にぶつからないように注意してくださいながら、視線を動かして目当ての露店を探していらっしゃいます。


「ありませんね」

「ああいったものは数が少ないからな。壊れていればただのガラクタにしか見えないし……」

「何か手掛かりはあるのですか?」

「どうだろうな。古い壊れた魔術具は魔石が外されていたりするんだ。出土したときに金目になりそうなものだけ取っていくからな。あとは分解されていたり……」

「つまり、一見何に使うかわからなそうなものを探せばいいのでしょうか」

「そうだ。ガラクタにしか見えないものを並べている店があったら教えてくれ」

「わかりました!」


 それならばわかりやすいです!

 きょろきょろと周囲を見渡しておりますと、奥の方に、明らかに人の少ない露店を発見いたしました。どのお店もそれなりにお客さんがいるのに、あのお店の前だけ誰もいません。


「グレアム様、グレアム様、あのお店はどうですか?」


 並べられているものも、何かの破片のようなものや、半分に割ったような箱、彫刻家が失敗したような不思議な形の像など、何に使うのかわからないものばかりですよ。


「行ってみよう」


 グレアム様がわたくしを小脇に抱えるようにして歩調を早めました。気持ちが逸っているので、のろまなわたくしに合わせていられないのでしょう。


 ……ちょっと恥ずかしいですが、大丈夫です。誰も見ていません。……たぶん。


 お店の前に行きますと、頭にターバンを巻いた異国風のおじいさんが座ってキセルを吹かしていました。

 グレアム様が並べられているものを一つ一つ手に取って確かめていますと、おじいさんがキセルを置いて、面白そうな顔をします。


「おや、これは珍しいこともあるもんだ。こんなガラクタに興味があるのかい?」

「……ガラクタじゃない。これはまぎれもなく古い魔術具だ。偽物はない」

「魔石もついていない、分解されて壊れているものを見てわかるのかい」


 なかなかやるな、と言いたそうにおじいさんが口端を持ち上げます。


 ……おじいさん。この方は大魔術師様ですよ。しかも魔術具研究を趣味とされているのです。わかって当然なのですよ。


 もちろん、グレアム様がクウィスロフトの王弟殿下で大魔術師様だと言えば大騒ぎになりますから言えませんけどね。

 目をキラキラさせながら一つ一つ吟味しているグレアム様は、おじいさんの言葉をほとんど聞いていないみたいでした。


「これはどこで?」

「ずっと南の国の遺跡で発掘されたものだよ。人から仕入れたものだから、どこの国かはわからないけどね」

「そうか」


 グレアム様は古い魔術具たちから目も上げません。

 おじいさんの並べている商品をすべて手に取って確認を終えると、やおら顔を上げて、そして平然とした口調でおっしゃいます。


「全部くれ」


 驚いたのはおじいさんです。

 いえ、わたくしも驚きました。


 ……グレアム様! さすがに全部は……あとからメロディに怒られても知りませんよ!


 見渡す限り、大小さまざまな壊れた魔術具の欠片が、三十点以上ありそうです。

 これを全部抱えて帰ったりしたら、メロディの雷が落ちる可能性大です。あと、金額次第ではデイヴさんに相談した方がいい気もするのですけど……。

 魔術具というからには、きっとお高いと思うのですよ。

 おじいさんも目を白黒させながら、そろばんを出しました。


「ええっと、いいのかい? 全部でだいたい……このくらいにはなるよ?」

「……さすがにそこまでは手持ちがないな。残りの料金は後払いでいいか?」

「さすがに後払いはね」

「わかった」


 グレアム様は少し考えて、風の魔術を使いました。ロックさんに連絡を取った模様です。三分もしない間に、ロックさんが慌てて飛んできました。


「どうしました⁉」


 きっと何か大変なことが起こったと思ったのでしょう。緊張した顔をするロックさんに向かって、グレアム様がまたまた平然とおっしゃいます。


「金が足りない。持ってきてくれ」

「…………」


 ……ロックさん、ごめんなさい。


 あんぐりと口を開けたロックさんに、わたくしは手早く状況を説明します。


「……つまり、このガラク……いえ壊れた魔術具を買うお金が足りない、と」

「そうだ。急いでくれ。金が用意できる前に誰かに買い取られたら大変だ」

「…………大丈夫だと思いますけどね」


 ええ、そうですね。

 たぶん、この壊れた魔術具を欲しがる方は、そうそう現れないと思います。

 ロックさんが諦めた顔で頷きました。


「持って帰るのに人手もいりそうですね。わかりました。金を持ってくるついでに数名連れてきます。あと、念のためデイヴに連絡を入れておきますから」


 ロックさんの言葉で、デイヴさんに報告が必要なだけのお金が動くことが判明いたしました。


 ……ごめんなさいごめんなさいデイヴさん。でも、わたくしにはこんなに嬉しそうなグレアム様をお止めすることはできませんでした!


 ロックさんが飛び立つと、グレアム様はさっそく店主に、金を持ってくるから店をたためと言い出しています。他にお客さんが来るのを避けたいのでしょうが、誰も来ないと思いますよ。グレアム様がお持ちのお金で足りないくらいの金額がするのでしょう? 誰もそんな大金をはたいて壊れた魔術具なんて買いませんって。


 けれどももちろんそんなことは口が裂けても言えません。

 グレアム様にとっては、どんな金銀財宝よりもこの壊れた魔術具の方が勝っているのです。


 少しして、ロックさんが数名の諜報隊の方と一緒に戻って来られます。

 グレアム様は店主のおじいさんの言い値で金額を払って、ホクホク顔でロックさんたちに買い取った壊れた魔術具をお城の部屋に持ち帰るように言っています。

 自分の買い物を終えたグレアム様はすっかり満足して、次はわたくしの欲しいものを探しに行こうとおっしゃいましたが……すでにとんでもない大金を使った後ですのに、まだ買い物をしてもいいものなのでしょうか。


 心配になりましたが、グレアム様が連れて行ってくださったのは、古い装飾品を並べているお店で、ちょっと心惹かれてしまいました。

 その隣には食器を取り扱うお店もあります。


「グレアム様、あのキノコの絵柄の絵皿は、ドウェインさんが喜びそうですね」

「そうだな」


 ドウェインさんは今回おとなしく(……しているかどうかは謎ですが!)、お留守番してくださっているので、お土産に買って帰りましょう。

 それからガイ様が気に入りそうなちょっと派手な赤色のティーカップと、マーシアとデイヴさんにおしゃれなカトラリーのセットなんてどうでしょうか。メロディには緑色の石が連なったブレスレットがいいかもしれません。とっても綺麗です!


「アレクシア、土産もいいが、お前が使うものを選んだらどうだ?」

「そうですね……あ! あのブローチ、可愛いです」

「瑪瑙か」


 あの赤い石は瑪瑙というのですね。鳥の羽みたいな形で可愛いです。


 グレアム様が瑪瑙のブローチと、それから皆さんへのお土産を買ってくださって、わたくしたちは少し離れたところのカフェで一休みすることにしました。





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