歓迎パーティーは切ないです 1

 翌日、グレアム様は朝ごはんを食べるとさっそく魔術具研究所へ向かいました。

 メロディは案の定、ぷんぷん怒っています。


「まったく! 奥様を置いて魔術具研究所に行くなんて!」

「いえ、一応連れて行ってくれようとはしてくださったじゃないですか……」

「そんなところに行っても奥様は面白くもなんともないじゃないですか!」


 はい。こういう経緯で、グレアム様の「一緒に行くか?」のご提案は、メロディにとってバッサリと却下されてしまったのです。

 ですが、本日の夜は、ホークヤード国内の上位貴族を招いてのパーティーが開かれるそうです。わたくしたちとジョエル君に、感謝の意を示すためのパーティーだそうです。その支度で忙しいので、グレアム様が魔術具研究所へ向かわなくても、あまり一緒にいる時間はなかったと思います。


 ……パーティーって、大変なんですよ。メロディの気合の入り方がですけど。


 パーティーがはじまる前にドレスに着替えてお化粧をするだけでいいのではないかしらとわたくしは思うのですけど、違うのです。


 まず、わたくしは朝食の後少しの休憩を挟んでお風呂に入ります。

 そこで丁寧に体と髪を洗われて、続きまして全身のマッサージです。


 マッサージが終わると、今度は顔のパックがはじまります。

 そしてメロディ特製の、美容にいいという蜂蜜入りハーブティーを飲んで休憩し、その後、何着ものドレスを試着し、時間をかけてメロディの納得のいく一着を選びます。


 ドレスに合わせて小物や靴も同じように時間をかけて吟味しまして、その後、お顔を、化粧水などで丁寧に丁寧に整えます。

 それが終わりますとようやくドレスに着替えたりお化粧したり髪を結ったりという作業に移り、全身チェックを終えて、ようやくパーティーに出発できるのです。


 ……これが夜のパーティーまでのわたくしのスケジュールです。朝メロディから聞かされた時は眩暈がしそうになりました。


 現在朝食を食べて休憩している段階なので、メロディの組んだスケジュールがまるまる残っているのです。待ち構えているもろもろのことに、わたくしはパーティーが終わる前に目を回すのではないでしょうか。


 ……貴族って大変です。いえ、一応わたくしも公爵家の出ですが、貴族らしいことはグレアム様に嫁ぐまで何一つと言って経験しておりませんからね。


 以前もパーティーに出席したことはあるのですが、今日ほどではなかったので、いかに他国の城で開かれるパーティーが重要なのかがわかりますね。

 わたくしは支度でバタバタしておりますので、護衛のオルグさんは一日部屋の外で待機です。申し訳ないので遊んできていいですよとお伝えしたのですけど、グレアム様がお出かけしている状況でわたくしの護衛任務から外れることはできないのだとか。


 ……一日退屈をさせてしまいますね。お詫びというわけではないですが、わたくしの部屋にメイドさんが運んで来たお菓子があるので、あとで差し入れしておきましょう。


「奥様、バスルームの準備が整いました」


 続き部屋のバスルームを確認しに行っていたメロディが戻ってきました。


 ……気合を入れねばなりません。先は長いですよアレクシア!


 メロディはとても優しいですが、パーティーに命を懸けていると言っても過言でないメロディはこういう時は容赦してくれません。

 わたくしは拳を握り締めて立ち上がります。

 とはいえ、入浴はほぼメロディに任せきりなので、言われるままじっとしておくのがわたくしのお仕事なのですけどね。


 香油のいい香りのする湯につかって、わたくしは目を閉じます。

 今からメロディが髪を洗ってくださるのです。

 ただぼんやりとされるままになっているのも何なので、ホークヤード国の王家の方の情報をおさらいしておきましょうか。


 ホークヤード国王はお名前をアシル様とおっしゃいまして、御年四十三歳でいらっしゃいます。

 王妃様はクロディーヌ様で、後妻の方だそうです。前王妃様は、十五年ほど前にご病気で他界されています。


 それから、第一王子で王太子のドニ殿下。二十八歳。

 第二王子のアンリ殿下。二十一歳。

 第一王女殿下はすでに他国に嫁がれていてホークヤード国内にはいらっしゃいません。

 第二王女はルイーズ殿下。二十歳。

 こちらの四人の方は前王妃殿下がお産みになった方々です。


 そして現王妃殿下のお産みになった第三王女のミシェル殿下。十二歳でまだ成人前なので今日のパーティーには出席されませんが、この方がホークヤード国王の溺愛する末姫でいらっしゃいます。


「今日のパーティーには陛下と王妃様のほかには、ドニ殿下とアンリ殿下、それからルイーズ殿下が出席なさるんですよね? なにか気を付けておくことはありますか?」


 パーティー慣れしていないわたくしは、しっかりと予習しておかないと何か致命的なミスをしそうですからね。グレアム様がおそばについていてくださると言っても、注意事項は頭に叩き込んでおかなくては!

 メロディはわしゃわしゃとシャボンを泡立てながら、うーんと唸ります。


「わたしも他国の方の情報はあまり持っておりませんが、第二王女のルイーズ殿下は、先般婚約が破談になってしまわれましたので、そのあたりの話題は避けてくださいませ」

「……まさか、今日のパーティーに元婚約者様がいらっしゃるとか?」

「ええ。そのまさかです」


 大変です。お嫌いな食べ物とか、苦手なダンスの曲とか、その程度の軽い話題のつもりだったのに、とんでもなく大変な問題が出てきましたよ。


 ……ど、どうしましょう。もしルイーズ殿下の元婚約者様がご挨拶に来られたらわたくしどう対応すればいいですか⁉


「ルイーズ殿下の元婚約者様は、どちらの方なのでしょうか……?」

「王族の方ですよ。王弟殿下の長男の方で、バンジャマン様です」


 ひー! まさかの王族‼ これではさりげなく距離を取ることはできませんよ⁉ 王族の方は決まって一か所に席が設けられていますからね! わたくしも今回は賓客扱いなので同じ場所に席が設けられているはずです!


 ……いえ、落ち着きなさいアレクシア。婚約が破談になったとはいえ、円満に別れられたかもしれないじゃないですか。深呼吸ですよ。


「メロディ、その、ルイーズ殿下とバンジャマン様は、なぜ婚約を解消なさったのでしょうか……?」

「バンジャマン様に、他に想う方ができたのだそうで、あちらから解消を持ち掛けられたそうですよ」

「…………そうですか」


 終わりました。円満な婚約解消ではなかったです。これはあれです。婚約解消ではなく、婚約破棄と言われるやつです。決して触れてはダメなやつです。


 ……まだ知らない方がよかったかもしれません。わたくし、うっかり顔に出てしまいそうです。あからさまに気遣ってしまったら、逆にご不快にさせるかもしれません。今日のパーティー、欠席じゃあだめですか⁉


 というかメロディ、あまり情報を持っていないという割に情報通ですよ。どこから聞いてきたんですか。


「わ、わたくし、どうすればいいですか?」

「自然になさっておけばいいと思いますよ」


 メロディ! 今の話を聞いて自然にふるまえと言うのは、わたくしには難易度が高すぎますよ!


「ルイーズ殿下にはその……バンジャマン様に対するお気持ちとか、残っていたり……」

「すると思いますよ。最近荒れていて大変だってメイドが言っているのを聞きました。未練たらたらだそうです」

「昨日到着したばかりなのに、メロディはもう噂話を拾ってきたんですか?」

「いろんな情報を集めておくことも必要ですからね」

「そ、そうですか……」


 メロディ、すごいです。

 いつの間にホークヤード国のお城のメイドさんたちと仲良くなったんでしょうか。


「ですがまあ、相手も王女殿下ですから。他国の来賓を前に不機嫌な顔をなさったりはしませんよ」

「そ、そうですよね……」


 わたくしが気にしすぎなのかもしれません。

 自然に、自然に……頑張ります!

 でも、お好きだった方がほかの方にお心を移されるなんて、ルイーズ様はさぞ傷ついたのではないでしょうか。


 ……もしグレアム様に、他に想う方ができたら、わたくしはきっと生きていけません。





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