サンゴキノコの使い方 1
アザレアピンクのサンゴキノコを拾い上げると、それはキノコと呼ぶにはずいぶんと固い感触をしていました。
「これ、石みたいに固いですよ」
「貸してください」
「……貸すだけですよ?」
ドウェインさんのことですから、このまま持って逃げそうなので、わたくしはしっかり釘を刺してからサンゴキノコを差し出します。
ドウェインさんはしげしげとキノコを見つめて、コンコンと叩いてみたり光にかざしてみたりした後で、首を傾げながら「このまま食べたら歯が折れそうですね」と言い出しました。
……この形状を見てもまだ食べたいと思えることがすごいですよ。
焼いたり煮たりしたら柔らかくなるのかとか言い出したので、わたくしは慌ててサンゴキノコを奪い返します。ドウェインさんの胃に収まる前に、ファシーナ様に勝利宣言をしなければならないのですよ。それまでは絶対に差し上げられません。
ファシーナ様が使っている桃色サンゴのところに行きますと、桃色サンゴに魔力を注いでいたファシーナ様が顔を上げ、息を呑みました。
「……できたのか」
「はい」
ファシーナ様の桃色サンゴには、まだサンゴキノコの赤ちゃんもできていませんね。この状況では文句も付けられないでしょう。わたくしの勝ちです。
「約束ですよ。グレアム様を諦めて、この腕輪を外してください」
「その前にそれを渡すのじゃ」
「どうぞ」
サンゴキノコを差し出しますと、ファシーナ様はしげしげとそれを見つめました。確かめ方がドウェインさんと一緒ですよ。光にかざしたり叩いたりしています。
「確かにサンゴキノコのようじゃ」
「では……!」
「約束は約束じゃ。腕輪を外してやる。……このサンゴキノコはもらってもよいかえ?」
「わたくしは構いませんが……」
文句を言う人が一人いるのですよ。
わたくしはちらりとドウェインさんを振り返りました。
しかしドウェインさんは何も言いません。ただ微笑んでいます。
……どういうことでしょう? キノコオタクのドウェインさんが何も言いませんよ? 目の前であれだけ欲しがっていたサンゴキノコが奪われようとしているにも関わらずです。独自の理論を振りかざして騒ぎ立ててもおかしくないのに、どういうことなのでしょう⁉
「ドウェインさん、まさかおかしなものでも拾って食べたんですか⁉」
「何を言っているんですか、姫。そのキノコはもともと女王のものですよ」
「ええ⁉」
これは異常事態ですよ。わたくし、震えあがりそうです。ドウェインさんがまともなことを言っています。絶対に所有権を主張すると思ったのに、どういうことですか?
グレアム様も驚愕して言葉を失っていらっしゃいますよ。
キノコが関わったらとんでもないほどの変人具合を発揮するドウェインさんが、キノコを諦めましたよ‼
キノコを人質(?)に取られればあっさり任務放棄をするくらいにキノコ至上主義のドウェインさんが‼
「グレアム様……世界の滅びの音とか聞こえてきませんよね」
これぞ天変地異の前触れではないですか?
わたくし、ドウェインさんに対してすごく失礼なことを思っている自覚はありますが、でもでもおかしすぎますよ!
戦々恐々とするわたくしを、グレアム様が抱きしめてくださいます。
「ドウェイン、頭でも打ったのか?」
「お二人とも、私を何だと思っているんですか?」
そんなの決まっています。キノコオタクの変人さんですよ。火山の噴火で人や動物が死ぬのはいいけれど、キノコが燃えるのはダメだなんてとんでもないことを言う、異常なまでの偏愛主義者です。
……こほん。まあいいです。ドウェインさんが騒ぐと大変ですから、諦めてくれたに越したことはありません。
ファシーナ様が襟の下から鍵のついた紐を取りま出しました。
鍵はそんなところにあったんですね。
その鍵で、グレアム様の腕輪を外してくださいます。
かちりと音がして画技が開いた腕輪は、そのまま地面に落ちました。
グレアム様が右腕を確かめてから、軽く風の魔術を使います。
「問題ない」
「よかったです‼」
これでグレアム様の魔力が元通りになりました!
思わずぎゅっと抱き着きますと、グレアム様もぎゅっと抱きしめ返してくださいます。
目的を達成したので、本当ならば地上に戻りたいところですが、今朝セイレンの話を聞いてしまいましたからね。このまま「さようなら」とは言いにくい雰囲気ではあります。
どうしましょうと悩んでいると、サンゴキノコを握り締めて、ファシーナ様が硬い表情で口を開きました。
「頼みがあるのじゃ」
わたくしはグレアム様を見上げました。
グレアム様は顎に手を当てて、まっすぐファシーナ様を見返します。
「聞いてやるかどうかは内容次第だ」
グレアム様の返答にわたくしはちょっとホッとしました。やっぱりグレアム様は優しいです。もちろん、聞いてあげられないお願いの可能性もありますが、このまま知らん顔をして帰るのは少々気まずかったですから。
「カペル島の近くに、塔のような形をした岩――島がある。そこまでわらわを連れて行ってほしいのじゃ」
塔のような形をした島に心当たりはありませんでしたが、アーレ地方の沖合にはたくさんの島がありましたから、わたくしが気づいていないだけでしょう。
「一人で行けないのか?」
「普段なら行ける。だが、今はセイレンたちがおる。わらわがこの町から出れば格好の餌食じゃ。この町の兵だけではセイレンに対抗するには心もとない」
「なるほどな」
「もちろんただとは言わん。宝物庫の中で気に入ったものがあったら持ち出してくれて構わぬ。そなたは金などいらぬかもしれんが、宝物庫には魔石や古の女王が作った魔術具もある。そなたは興味が惹かれるのではないかえ?」
「先に見て判断する」
ああ、グレアム様、もう興味津々ですよ。
まあ、ファシーナ様を島まで送り届けるだけなら、わたくしには反対する理由はありませんけれど。こちらにはグラム様とドウェインさんがいらっしゃいますからね。結界程度ならわたくしだってそれなりにお役に立てると思いますし。
ファシーナ様はドウェインさんにも視線を向けます。
「そなたにも約束のものとは別に欲しいものをくれてやろう」
……約束のものとは?
わたくし、そんな約束知らないですよ。
ドウェインさんを見れば、満足そうに口角を上げています。
「では、約束のものを二つください」
「わかった」
……わたくし、なんだか嫌な予感がしてきましたよ。ドウェインさんがこんな顔をしているときは決まってろくなことがありません。その約束のものって何なのでしょう。気になります。
「ファシーナ、ドウェインになにをやる話をした」
「内緒ですよ」
ファシーナ様が何か言う前にドウェインさんが遮ってしまいました。
これはいよいよ怪しいです。言えばわたくしたちが反対するものでも頼んだのでしょうか。
……キノコがらみですね。きっとそうに違いありません。また妙なキノコを頼んだんじゃないでしょうね。
けれど約束のものが何かを問いただして却下した場合、ドウェインさんが大騒ぎをはじめて面倒臭いことになるのはわかりきっています。
約束のものについてはおいおい考えるとして、今はファシーナ様を塔の形をした島に――いえ、先に宝物庫でした。たぶんグレアム様のことですからファシーナ様のお願いは聞くつもりだと思いますけど、先に宝物庫の中身が気になるみたいです。
ファシーナ様に案内されて、わたくしたちはお城の中の宝物庫に向かいました。
厳重に鍵と魔術で封印されている宝物庫の中に入ると、目がちかちかするほどの金銀財宝であふれかえっています。
広い部屋の中に溢れかえる財宝の数々。グレアム様もちょっと圧倒されていますよ。
「クウィスロフトの宝物庫よりすごいんじゃないか?」
「ふん、当たり前じゃ。ブレーメの町は二千年前からあるのじゃぞ。建国して千年もたっておらぬような国と一緒にするでない」
ブレーメの町ってそんなに歴史があるのですか! クウィスロフト国も、近隣の国と比べると歴史ある国なのですよ。その倍以上……。ブレーメの町とクウィスロフト国を比べると、圧倒的にブレーメの町の方が面積は小さいですが――いえ、このあたりの海を守っているとおっしゃっていましたから、海も面積に入るのかもしれません。そうなるとブレーメの町の方が大きいでしょう。理解できました。
「しかし金だらけだな」
「この近くの海で金が取れるのでな」
金鉱山は、何も陸地だけに存在しているわけではないようです。海底にも金鉱脈があるそうで、ブレーメの町の海の獣人さんたちが発掘して帰った金銀や宝石類の一部が国に納められるので、長い年月をかけて膨大な量にまで膨れ上がったみたいですね。
……陸に住む人や獣人では、さすがに海底の山に金や宝石を掘りに行けませんからね。魔術を使えば可能かもしれませんが、海の中でも平然と作業ができるほど優れた魔術師を派遣するとお金がかかりますし、第一魔術師がそのような肉体労働をしたがるとは思えませんから、現実的ではないのですよ。
そのため、このあたりの海に眠る財宝はすべてブレーメの町のものと言っても過言でないでしょうね。納得です。
ですが、グレアム様は驚かれただけで、金や銀や宝石にはまったく興味を示しませんでした。本人曰く「金は掃いて捨てるほどある」そうですから。もともと、魔石や魔術具が関係しなければ無駄遣いをするような方ではありませんし。
「魔石や魔術具はこの奥にある別の部屋に納められておる」
魔石や魔術具は場所を分けているみたいです。
奥の部屋に入りますと、こちらは目に優しい部屋でした。キラキラしていません。魔石もたくさんありますが、どれも魔力がこもっておりませんから光らないのです。
……ざっと見た限り、闇の魔石と光の魔石は数が少ないですが、それでもなかなか発見されないこの二種類の魔石を取り揃えているあたり、さすがとしか言いようがありません。
グレアム様ですらつい最近まで闇の魔石は小さなものしかお持ちでなかったのですよ。光の魔石はお持ちでなかったですし。
「セイレンの魔石はないのか?」
「あるぞ」
ファシーナ様が宝物庫の棚から飾り気のない箱を持ってきます。
「この中に入っておる。魔力を勝手に吸収するゆえ、箱に納めておるのじゃ」
「これがほしい」
グレアム様、即決ですね。もともと狙っていたのでしょう。
「それからあのあたりにある魔術具をいくつかよこせ」
「今では動かんものものがほとんどじゃぞ?」
「かまわん」
そうですね、壊れていたら直すのでしょうし、構造を確かめたりなさりたいのでしょうから、あんまり関係ないのだと思いますよ。
「では交渉成立ということでよいな?」
「ああ。お前を送り届ければいいのだろう? 問題ない」
「アレクシア、そなたはどうする」
まさかわたくしにまで声をかけてくださるとは思わなかったので、ちょっと驚いてしまいました。
「え? わたくしですか?」
「欲しいものがあればやると言っただろう。好きなものを選べ」
「……ええっと」
何も考えていませんでした。
宝物庫の中をぐるりと見渡して、グレアム様を見上げます。
「グレアム様のお好きなものを……」
すると、ファシーナ様があきれ顔を浮かべました。
「そなたの欲しいものを聞いておるのになぜ夫の欲しがるものになる。そやつは自分で好きなものを選んだのじゃ、そなたも自分で選ばぬか」
ど、どうしましょう……。
わたくし、こういうことは苦手です。
お土産を買うことはありますけど、自分のものを買うことはほとんどありませんし、買うときもメロディとお揃いだからとか、実用的だからという理由ばかりです。
……わたくし、いまだに何かが欲しいという感覚がはっきりとわからないのですよ。
お腹がすけば食事が欲しくなりますし、喉が渇けばお水が欲しくなりますけれど、ファシーナ様の言っている「欲しい」はこれとは別のもののように思えます。
困惑してうつむきますと、ファシーナ様がため息を一つつきました。
「ここには女子が好むものはないじゃろう。先ほどの部屋に戻るぞ。あちらの棚に宝飾品が納めてある」
グレアム様はまだ魔術具を物色したいみたいなので、わたくしはファシーナ様に連れられて先ほどの部屋に戻りました。
ドウェインさんは端から興味がないのか、金の山の上に座ってわたくしたちが選び終わるのを待っています。
「いつも宝飾品はどうしておる。何が好みなんじゃ」
「ええっと、宝飾品はメロディが頼んでくださって……いつもはメロディが選んでいます」
わたくしが答えると、ファシーナ様は変な顔をしました。
「自分で選ばぬのか? あきれた娘じゃ」
「そう言われましても……何が似合うかもわかりませんし、詳しく知らないので……」
おしゃれに関することはすべてメロディとマーシアにお任せなのです。わたくし、流行とかもよくわかりませんし、物の価値もよくわかりません。
「そなた、王弟の妻であろう? しかも、火竜の一族の姫ではないのか? そのようなことではこの先困るぞ」
「そ、そうなのですか……?」
「当たり前じゃ。自分の身の回りのことを何でも他人に任せるな。少しは自分の意志を持たぬか! この前乗り込んできたときは気の強い女じゃと思うたが、とんだ勘違いじゃったわ」
「あ、あのときは……頭に血が上っていたので、その……」
グレアム様は譲れませんし。あのときと今では状況が違うと言いますか……。
でも、ファシーナ様のおっしゃることは、一理ある気がいたします。
スカーレット女王陛下のご命令で、クウィスロフトの次期王はグレアム様とわたくしの間に生まれた子が就くことになっているのです。つまり、わたくしは将来の国母なわけでして……。国母が自分のことも決められないような頼りない女ではダメですよね。
「そなたには荒療治が必要なようじゃな。よいか。ここに宝飾品がある。この中で自分が好きなものを一つ選ぶのじゃ。適当に選ぶなよ。自分が欲しいと思ったもの、心が動いたものから選ぶのじゃぞ」
「心が動いたもの……」
「宝飾品に限らず、何か一つくらいはあるであろう。自分が欲しいと思って選んだものが。その時のことを思い出せ」
ほしいと思って選んだもの……。
……わたくしが最近選んだものは……そう、ガイ様とメロディ、オルグさんとケーキを食べに行ったときです。ガイ様とオルグさんは全種類制覇なさっていましたが、わたくしは到底全部食べられませんので、メニューの中からメロディと相談して選んで……。
わたくし、あの時はメルヴェイユとショートケーキを選んだのですよ。メルヴェイユは聞いたことがなかった名前のスイーツだったからで、ショートケーキは真っ白なクリームの上に乗ったイチゴがキラキラしていてとても美味しそうだったから……。
……欲しいと思って選んだこと、ありました!
わたくし、自分の気持ちに向き合っていなかったから気が付かなかっただけで、思い返してみると欲しいとか、嬉しいと感じたことはたくさんあります。
……グレアム様とお揃いの結婚指輪も、とっても嬉しかったのですよ。
左手の薬指に触れながら、ちょっと笑ってしまいました。
難しく考えるからダメだったのですね。欲しいという感情は、気づかなかっただけで、わたくしの中にちゃんと存在しました。
宝飾品が納められている棚を、ゆっくりと確認します。
どれもキラキラしていて、とても美しいものばかりです。
でも、美しいと思うけれど、欲しいとまでは思いません。
どうしましょうと悩みながら一つ一つ確認していた時のことでした。
きらり、と視界の端で何かが光りました。
「あ……」
それは、イルカでした。イルカの形をしたブローチです。光沢があってとてもキラキラしているのに品があって、なんだか妙に心動かされます。
「……わたくし、これがいいです」
「夜光貝のブローチではないか。なんでこんなところにこのような安物が紛れ込んでおったのじゃ……。アレクシア、それは高いものではないぞ」
「いいのです。これがいいです。可愛い……」
夜光貝というもので作られたブローチはとても可愛らしいイルカの形をしているのです。目は黒真珠でしょうか、艶々した黒い色をしていて、わたくし、今このイルカさんと目が合った気がするのですよ。その瞳にすーっと惹かれるものを感じました。これがいいです。これが心動かされると言うことだと思います。
「そなたがいいなら構わぬが……。仕方ない。おい、夜光貝で作られた装飾品をあるだけかき集めてくるのじゃ!」
ファシーナ様は宝物庫の扉の外にいた兵士にお命じになりました。
「土産に夜光貝で作られた装飾品をあるだけ持たせてやる。それ一つではわらわの気がすまぬのでな」
「ありがとうございます!」
メロディもマーシアもきっと喜びます! お留守番をしているコードウェルの獣人さんたちへのお土産にもなりますし、とっても嬉しいです!
わたくしも無事にブローチを選びましたし、グレアム様も魔術具の物色が終わったようですので、お約束通り、塔の形をした島へ向かいましょう!
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