セイレンの襲撃 1

 桃色サンゴに魔力を注ぎはじめて三日が過ぎました。

 まだ変化は見られません。


 ……かなりの魔力を注いだのですが、もしかして失敗してしまったのでしょうか?

 わたくしは不安になりましたが、ドウェインさんが横に張り付いて魔力の流れを見張っていましたから、各属性の魔力を均等に注ぐことはできているはずです。

 ドウェインさんによると、ファシーナ様の桃色サンゴにもまだサンゴキノコが生えていないそうですから、これは想像していたよりも長期戦になってしまうのかもしれません。


 ホテルは一週間しか借りていませんでしたから、グレアム様の指示でドウェインさんが一度地上に戻り、マーシアに延泊しておくように伝言しました。

 この時期は観光シーズンではありませんので、ホテルの部屋がすべて埋まることはないはずです。もしかしたら部屋は移動しなければならないかもしれませんが、泊まることのできる部屋はあると思うので、追い出されることはないはず。

 まあ、もしも追い出されても、鳥車で一度コードウェルに戻っていただいても大丈夫です。グレアム様の魔力封じの腕輪さえ外れれば、わたくしたちは自力でコードウェルに戻ることができますから。


 マーシアやメロディたちに、心配しないでくださいと伝言をお願いしたのですけど、ドウェインさんはちゃんと伝えてくださったでしょうか。ドウェインさんのことなので心配ですが、「きちんと伝言しました」とおっしゃるので、それを信じるしかないですね。

 桃色サンゴの前でグレアム様とともにジュースを飲みながら休憩している間も、ドウェインさんはサンゴの表面にキノコの赤ちゃんが生えていないかを入念に確認しています。


「そろそろ魔力が飽和状態になりそうなんですけどね」


 確認を終えたドウェインさんがそんなことをつぶやきながらこちらへやってきました。


「姫、私のジュース」

「飽和とはどういうことだ?」


 ドウェインさんとグレアム様の声が重なります。

 わたくしがドウェインさんのジュースを差し出しますと、ドウェインさんはそれを飲みながらグレアム様に向き直りました。


「魔力が封じられると魔力の流れも感じにくくなるのは不便ですね。あのサンゴ、形はサンゴですが魔石に近い物質です。純粋な魔石ではないので魔石と同じ扱いはできませんが、魔力を注ぐとその魔力をため込む性質があります」

「ため込む……全属性の魔力をか?」

「ええ。私もこんな不思議な植物だか生命体だかわからない物体ははじめてですよ。普通のサンゴとは違うみたいですね。まあ、魔石のように魔術の媒介として使えるわけでもなく、ただため込むだけのようなので何の役にも立ちそうにありませんが」

「その口ぶりだと、試してみたな」

「ええ、あっちの方のサンゴでちょっと」


 ドウェインさん、ファシーナ様に無断で勝手なことをしていいんですか?

 わたくしはあきれましたが、ドウェインさんはまったく悪びれた様子はありません。


「使い勝手がよかったら予定より多めに拝借して帰ろうかと思ったのですが、使えませんでした」

「ちょっと待ってください、予定より多めにと言いました?」


 もしかしなくても桃色サンゴを持ち帰る気でいるんですか?


「ドウェインさん、それは泥棒さんですよ」

「ばれなきゃいいんです。だって姫、あれを持ち帰ったら外でもサンゴキノコが作れるかもしれないじゃないですか!」

「ドウェイン。サンゴは植物に見えて動物だ。海の中でしか生きられない」

「ここには海水がないのに生きているではないですか」

「何か秘密があるのだろう。だが、地上では無理だ」

「…………ここにいる間に方法を見つけなければなりませんね」


 ドウェインさん、まったく諦めるつもりがないようです。

 と言いますか、そもそもサンゴキノコを生やすことができるのは女性だけだと言います。全属性の魔力を均等に、しかも膨大に注げる女性魔術師はコードウェルにはいませんよ? 女性の獣人さんにお願いしてもいいでしょうが、獣人さんの多くは、持っている魔力は単一です。複数の属性を持っている方は少ないのです。そうなると魔石を使いながら作業しなければならないので、全属性となるととっても骨が折れます。


 ……そうなると、もしかしなくてもわたくしにさせるつもりでしょうか。


 コードウェルに住むほかの方が巻き込まれるのも困りますが、わたくしだって困りますよ。三日も魔力を注ぎ続けてもまだ生えないようなキノコですよ? さすがに協力できません。

 わたくしはあきらめていただこうと思ったのですが、目の前にキノコがぶら下げられると目的のために手段を択ばなくなるドウェインさんは、グレアム様に向かってにやりと笑いました。


「属性に関係なく魔力をため込むこの性質を研究すれば、魔術具研究にも役立つと思いますが?」


 ぴくっとグレアム様の眉が動きました。


 ……ああ……。グレアム様、ぐらぐら揺れています。興味を持っちゃいました。ドウェインさん、グレアム様を相手に貴重な魔石とか魔術具研究を引き合いに出すのは卑怯ですよ!


 ドウェインさんに動いていただきたいときにキノコで釣るわたくしに言えた義理ではないかもしれませんが、でもこうなったらグレアム様が陥落するのは時間の問題……。


「地上に持ち替える方法があるなら許す」


 ほら、許しちゃいました。

 わたくしがドウェインさんの扱いを覚えたのと同様に、ドウェインさんはグレアム様の扱いを覚えたようです。そしてわたくしはグレアム様のご意思を優先したいので逆らいませんから、これでは三角形の堂々巡りですよ、ため息だってついちゃいます。

 ここはせめてもの抵抗に、特大の釘を刺しておかなければなりません。


「持ち帰っても、わたくしはサンゴキノコを生やすお手伝いはいたしませんよ」

「そんな姫! あんまりですよ!」

「知りません」


 わたくしの日課にそんな妙な作業を増やさないでほしいです。


「そんなにサンゴキノコが大切なら、女性でなくてもサンゴキノコを発生させる方法を研究したらどうでしょう。これぞキノコ愛だと思います」

「……それは一理ありますね」


 どうやらドウェインさんのキノコ愛に訴えかけることができたようです。ひとまず安心ですね。

 さて、休憩もそろそろ終えて、桃色サンゴに魔力を注ぐ作業に戻りましょう。

 早く勝負に勝って、グレアム様の腕輪を外していただかなくてはなりませんからね!

 グレアム様、口には出しませんが、魔力を封じられてとても心細い思いをしていらっしゃるはずです。結婚指輪の闇の魔石を介して多少の闇の魔術は使える状況ですが、魔石にこもった魔力分しか使えませんから。


 ……ここのところ、無意識なのでしょうが、腕輪を引っ張るようなしぐさをされるのですよ。外したくて仕方がないのだと思います。早くグレアム様が元の生活に戻れるようにしなくてはなりません。


「姫、火の魔力が多いです」


 ……はあ。何度やっても、均等に魔力を注ぐのはなかなか上達しませんね。難しい……。





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