サンゴキノコの作り方 3
翌朝、運ばれてきた食事をグレアム様と食べていますと、ファシーナ様の使いだという兵士の方がいらっしゃいました。
食後、勝負について詳しく説明するので、ファシーナ様の私室に来てほしいそうです。
「そういえば、昨日ドウェインのやつが言っていたサンゴキノコって何なんだ?」
「わたくしも詳しくは存じ上げないのですが、ドウェインさんによりますと、このあたりにしか生息していないキノコだそうで、サンゴに生えると言っていました。一口食べると体がピンク色になって硬直したようになり半日は動けなくなるんだとか」
「……相変わらずあいつは妙なものを欲しがるな」
まったくです。体がピンク色になるとか、動けなくなるとか聞いて食べたいと思うのはドウェインさんくらいなものですよ。普通は口にしようと思いませんもの。
「しかし、ファシーナがそのサンゴキノコを勝負に出してきたのは謎だな。サンゴキノコにはほかに何かがあるんだろうか」
「それはわたくしもちょっと不思議でした。……ドウェインさんを喜ばせるために提案したとは考えられませんからね」
何故勝負の材料がサンゴキノコなのでしょう。
……は! もしかしてファシーナ様もドウェインさんと同じくキノコオタクさん⁉ まさかの同類ですか⁉
「アレクシア、違うと思うぞ」
わたくしは口に出して言っていませんのに、何を考えているのかグレアム様は表情からわかってしまったみたいです。これぞ以心伝心というやつですね。夫婦ですから!
「あんな変人キノコオタクは世界に一人いれば充分だ。というか、あれほど毒キノコに執着する奴なんてほかにいるはずがない」
「それもそうですね」
ドウェインさんみたいな方がたくさんいたら大変ですよ。世界が混乱します。だって、住む家までキノコで作ってしまったんですよ? ドウェインさんの頭の中の九割はキノコで埋まっているのです。わたくしの頭の中には一割どころか一パーセントもキノコがありませんから理解できないです。
「ファシーナ様の目的が何であれ、サンゴキノコがあると聞いたドウェインさんは止まりませんよ。……ドウェインさんがご迷惑をかけても、今回はファシーナ様の責任です。わたくしは知りませんよ。責任取りたくないです」
わたくし、今ちょっと心がすさんでいますからね。恋敵に優しくなんてなれないです。わたくしの大切なグレアム様にちょっかいを出す方は、ドウェインさんにご迷惑をかけられたらいいと思います。
……わたくし今、ちょっと悪い子ですね。
だけど、グレアム様はあきれることなく笑ってくださいました。
「アレクシアがそんな顔をするのは新鮮でいいな」
どんな顔をしているのでしょう。……多分拗ねた顔をしているのでしょうね。
食事を摂り終えた後、わたくしはグレアム様とファシーナ様の私室へ向かいました。場所は知りませんので、部屋の前にいた兵士さんが案内してくださいます。
……そういえば、ファシーナ様は獣人さんですよね。何の動物の獣人さんなのでしょう。
聞いたから勝負が有利になるわけではないでしょうが、ちょっと気になってしまいますね。訊ねるのは不躾でしょうから、聞きませんけど。
ファシーナ様の私室は三階にありました。
階段を上がって右に曲がると、大きな両開きの扉の前に兵士さんが立っていたのですぐにわかります。
そして、扉の前にはドウェインさんもいらっしゃいました。
ドウェインさんはわたくしを見つけて、ちょっと不満そうな顔をします。
「遅いですよ姫! 姫が来ないと入れてくれないって言うんですよ、ひどいと思いませんか? 私は早くサンゴキノコのことが知りたいのに!」
……それは仕方ありませんね。だって、ドウェインさんの相手は疲れますから。特に初対面のファシーナ様はまだドウェインさんに対する免疫がありませんもの。緩衝材がいない状態での直接対面は避けたいに決まっています。
それを考えると、わたくしはかなりドウェインさんに慣れてきた気がしますよ。喜ばしいのか嘆かわしいのかわかりませんけど。
「ドウェインさん、これはドウェインさんがあとでがっかりしないために言っておきますけど、昨日、サンゴキノコで勝負をするとは聞きましたが、サンゴキノコをドウェインさんに差し上げるとはファシーナ様はおっしゃっていなかったと思いますよ」
「何を言っているんですか、姫。姫がサンゴキノコを発生させられればそれはもれなく私のものですよ。姫は我が一族の姫です、私の家族と言っても過言ではありません。家族が欲するものは用意してくださるのが当然でしょう?」
また意味のわからない独自の理論を展開させはじめましたよこの方は。
……ドウェインさんと家族? 年齢的に兄ということでしょうか。嫌ですこんな兄いりません。毎日迷惑をかけられて疲れ果てて早死にしそうですから。断固拒否です。
グレアム様も眉を跳ね上げてドウェインさんを睨みます。
「勝手に家族になるな!」
「いいじゃないですか減るものでもないし」
いえ、確実に何かが減りそうですよ。体力とか精神力とかとにかく目に見えないものがごそっと奪われていきそうです。
「却下だ!」
ドウェインさんはぶつぶつ言っていますが、今は家族かそうでないかを議論するより目先のサンゴキノコの方に天秤が傾いているようです。
家族議論は途中であきらめて、兵士の方に扉を開けるように言っています。
まあいいです。忠告はしました。これでサンゴキノコをもらえなくて騒いでもわたくしは知りませんよ。ドウェインさんならどんな手段を用いてでも手に入れるはずですけど、一応釘をさしておくのは重要ですからね。そうしないと詐欺だなんだと騒ぎそうですから。釘を刺しておいても騒ぎそうですが。
呼ばれたのはわたくしとグレアム様のはずなのに、ドウェインさんが我先にと部屋に入っていきます。
ドウェインさんの後をついて行きますと、ゆったりとした豪華なソファに腰かけていたファシーナ様が、ドウェインさんを見て「何故ここに」みたいな顔になりました。何故と思われても、ドウェインさんを追い出すことは不可能ですよ。この方、キノコがかかっていたら絶対に引きませんから。
対面のソファを勧められたので、わたくしとグレアム様が座ります。ドウェインさん? ドウェインさんは勧められる前に勝手に座っていましたよ。大きなソファですからね。三人座ってもまだ余りあります。
「……火竜の一族はかように非常識ものばかりなのかえ」
……ちょっとドウェインさん。ドウェインさんのせいでジョエル君たちのことまで悪く思われていますよ。それなのに「意味がわかりません」みたいな顔で首を傾げないでください。
このことをあとで聞いたらジョエル君が怒りそうですね。
……たぶんファシーナ様の言う「非常識」に、乗り込んできたわたくしのことも入っている気がしますがそれは無視します。夫を助けに行ったのですから非常識ではありませんもの!
メイドらしき方がティーセットを運んできたあとで、側近と思しき男性が入室してきました。手に持っていた紙をテーブルの上に広げます。
ドウェインさんが身を乗り出しました。
「さっそくじゃが、サンゴキノコについてと勝負の方法について説明する」
なるほど、このピンク色のシイタケのようなキノコがサンゴキノコなのですね。
……ピンクといいますか、これ、俗にいうアザレアピンクのような濃いピンク色ですよ。ドレスを作る際に見せていただいたカラー表で見たことがある色です。
この奇抜な色を見てもドウェインさんはまだサンゴキノコが食べたい――ようですね。愚問でした。食い入るように見つめているドウェインさんには、まったくひるんだ様子はありません。興味津々です。
「このサンゴキノコは、桃色サンゴに生えるが、発生には条件がある」
「条件とはなんですか⁉」
ドウェインさんの食いつき方がすごいです。ファシーナ様が引いていらっしゃいますよ。
身を乗り出すどころかテーブルの上に両手をついてファシーナ様に顔を近づけるドウェインさんの服を引っ張ります。ダメですよ、話が進みませんからちょっとの間おとなしくしていてください。
ファシーナ様は顔を引きつらせながら咳ばらいをして話を続けました。
「桃色サンゴに、全属性の魔力を均等に注げば、ある一定の魔力量に達したときに生えてくる。それがサンゴキノコじゃ」
「なんだそんなことですか。私でもできますね。ではさっそく――」
「待たぬか!」
そうですよドウェインさん、これはわたくしとファシーナ様の勝負なのですから、割り込み禁止です!
ファシーナ様はこめかみを押さえてため息をつきます。
「魔力を注いで育てるが、もう一つ条件がある。このキノコは、女にしか発生させることができぬのじゃ」
「なんですって⁉」
ドウェインさんがショックを受けたように固まりました。
「男と女では、魔力の波長が若干異なるらしい。その小さな違いが、このキノコの発生には重要なのじゃ」
つまり、グレアム様やドウェインさんではどうしようもないと言うことですね。これは気合を入れなければなりません。困ったときにもグレアム様やドウェインさんの助けは得られないと言うことです。
「重要なのは緻密な魔力操作と魔力量、そして女であることじゃ。このサンゴキノコをどちらが早く生やすことができるかで勝負を決める。どうじゃ? やめるなら今のうちじゃぞ」
「やめません!」
やめたらグレアム様の腕輪が外れないじゃないですか!
「よくぞ言いましたよ姫! それでこそ私の家族です!」
「アレクシアは俺の家族だがお前の家族ではない!」
グレアム様のおっしゃる通りです! わたくしはドウェインさんの家族じゃありませんしドウェインさんのために勝負をするのでもありません。
「絶対にわたくしが勝ちます! そして、グレアム様の腕輪を外していただきますからね‼」
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