火竜の末裔 1
「ん……」
瞼を持ち上げるとともに、ガンッという強い頭痛が襲ってきました。
両手で頭を押さえてうずくまっておりますと、「姫」という声が聞こえてきます。
顔を上げると、金色の髪に赤い瞳をした華奢でとても端正な顔立ちをした男性が部屋に入ってくるところでした。
……ここはどこでしょう。そして、わたくしはどうなったのでしょうか。
わたくしの記憶は、この方の姿を見た直後に途絶えております。
確かわたくしはクレヴァリー公爵家の墓地にいて、生みの母エスターの墓標の前にいたはずです。
そして――
「! メロディとオルグさんは⁉」
「あの人間と獣人でしたら、姫と同じように気を失ってもらっただけですから大丈夫ですよ」
このひどい頭痛が、気を失ったことによる弊害なら、ちっとも大丈夫ではないはずです。
わたくしはさっと部屋の中を見渡しました。
宿でしょうか。そこそこいい宿だと思います。広い部屋の中にはソファや机もありますし、わたくしが寝かされていたベッドも広くふかふかしていました。
わたくしはじりじりとベッドボートに向かって後じさりします。
「そう警戒しないでください。姫」
「……その、姫というのは何ですか? 別の方と間違えられている気がします」
わたくしはどこかの王女様ではございません。姫と呼ばれる立場ではないのです。誰かと勘違いなさっているのではないでしょうか。
男性はベッドの横の椅子に腰かけて、にこりと微笑みます。
「アレクシア様は我が一族の姫で間違いございませんよ」
「我が一族……?」
「ええ。竜の……火竜の末裔『火の一族』です」
「火竜の末裔……?」
意味がわからなくて眉を寄せたわたくしは、ふと、エイデン国の国王陛下にお会いした時のことを思い出しました。
そうです。エイデン国王陛下はわたくしが竜の末裔かもしれないとおっしゃっていたのです。
……けれど、エイデン国王は、竜の一族の瞳がわたくしと同じようだったとおっしゃいました。この方の目には金光彩はありません。ただの赤です。
「あなたは……」
「どうかドウェインと」
「ドウェインさんは……わたくしがその火竜の一族だと、そうおっしゃるのですか? 姫と呼ばれると言うことは、わたくしのお母様が王女殿下か何かだったと?」
「ああ、そうではありませんよ、姫」
ドウェインさんはゆっくりと首を横に振りました。
「私どもは別に国を持っているわけではありません。一か所にとどまらない流浪の民です。ですので、ただの人間のように王家などというくだらない概念は持っておりません。あなたのお母上が我ら一族のものであったのは本当ですが、王女ではありませんよ」
「……でも、姫なのでしょ?」
「ええ。我らは、アレクシア様のように、金光彩の入った瞳を持って生まれた女性を姫と呼びます。そして同じ瞳の色を持って生まれた男性を王とします。私は当代の王の側近です。王より、妃となる姫を連れて帰るように命じられてまいりました」
……ちょっと待ってください。いろいろ意味がわかりませんよ。
「金光彩の入った瞳の女性が姫で、男性が王とは……どうしてですか?」
「強い魔力を持って生まれたものの証ですから」
「ということは、この目を持って生まれた方は全員が姫で全員が王ですか?」
「そうなりますが、残念ながら同じ時代に何人も誕生なさったことはないのですよ。現在の王はお一人。そして姫は、あなただけです。ですからアレクシア様を、王の妃としてお迎えに上がりました」
「待ってください。その妃というのもよくわかりません!」
さも当然のような顔をして語られても困ります。
いきなり攫われて姫だの妃だの、意味不明です!
「わたくしはすでに結婚しております! ほらっ、この指輪が証拠ですよ! 結婚指輪です!」
「そのような脆弱な人間の慣習など私どもは感知いたしません。すでに結婚されていても構いませんよ。結婚相手とは今後会うことはないでしょうし、王も気にされません」
「気にしてください!」
「我が一族は、魔力の強さを重んじます。強い魔力を持った子を次代に誕生させるため、姫が王に嫁ぐのは必定なのです」
「勝手に決めないで!」
この人、穏やかそうに見えて全然話が通じません!
わたくしはその王とかいう方に嫁ぐのは嫌です。グレアム様でなければ嫌なのです。なのに結婚していても関係ないとか、今後会うことはないとか、勝手なことを言わないでほしいです!
「われら一族は長きにわたりその力を継承してまいりました。何度も火竜様に一族の女を嫁がせ、火竜様がお眠りになってからは、魔力の強いものを娶わせてその力を継いでまいりました。姫が王に嫁ぐのは義務でございます。決まっていることです。勝手ではございません。必然です」
そんなの無茶苦茶です!
わたくしは母の生まれも知りませんでしたし、姫とかいうのもはじめて聞きました。勝手ではないとドウェインさんはおっしゃいますが、わたくしからすれば勝手なのです!
「グレアム様のもとに帰してください! わたくしの夫はグレアム様だけです! グレアム様以外の夫はいりません‼」
わたくしはグレアム様が好きなのです。大好きなのです。勝手に引き離されて誰かもわからない方に嫁がせられるのなんて絶対に嫌です。
「姫、我儘を言わないでください」
「どこが我儘だと言うのですか? わたくしはすでに嫁いだ身です! 嫁いだ方へ操立てするのは当然のことではありませんか‼」
「そのような人間の習慣に合わせる必要はございません」
人間人間と言いますが、この方も人間でしょう? 竜の血が混ざっていても、人間の血も混ざっています。わたくしだって人間です。違うもののように言わないでほしいです。
「姫。できれば意識を奪って荷物のように姫を運びたくはないのですよ。あまり我儘を言わないでださい」
……つまり、わたくしが言うことを聞かなければ墓地からこちらへ運んだように、わたくしの意識を奪って強制的に王の元へ運ぶつもりなんですね。
ドウェインさんからは、強い魔力を感じます。
グレアム様には劣りますが、それでもグレアム様に近い強い魔力です。
魔術を習い始めたばかりのわたくしがかなう相手ではありません。
ましてや、一番魔力の強い方が「王」ということは、王はドウェインさんより強い魔力をお持ちなのです。もしかしたらグレアム様より強いのかもしれません。そんな方を相手取って、わたくしがどこまで抵抗できるのかはわかりませんでした。
……つまり、ドウェインさんや王から逃げるには、隙をつくしかありません。
意識を奪われてはそれもできなくなりますから、ここは従ったふりをしておくのが得策でしょう。
ものすごく不本意ですが、わたくしはむーっと眉を寄せて頷きました。
「わかりました。意識を奪われるのは嫌ですから」
「おわかりいただだけたようでホッとしました」
ドウェインさんはにこにこと微笑みます。
自分を含む一族と人間を区別するだけあります。どこか浮世離れした不思議な雰囲気を持った方ですね。……常識が通じないと言いますか、話が通じない異界の方を相手している気分です。いえ、異界の方とお会いしたことは一度もありませんけどね。
ドウェインは思い出したようにポンと手を叩きました。
「そうそう、そうでした。お食事の時間なのでお呼びしに来たのですよ。階下に食堂がありますので参りましょう」
ハッとして窓を見れば、外は真っ暗でした。どうやらわたくしは長い間気を失っていたようです。
……ここはいったいどのあたりなのでしょうか。クウィスロフトからはまだ出ていないと思うのですけど。
わたくしはそっと左手の結婚指輪に触れて、小さく息を吐きました。
……グレアム様に、お会いしたいです。
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