コルボーンからの知らせ 3

 アレクシアと穏やかに過ごしていた午後のひと時を邪魔をされてグレアムの機嫌は急降下した。

 甘いものを食べながらほわんほわんと笑うアレクシアは本当に可愛くて、メロディという邪魔者さえいなければ隣に座って、肩でも抱いていたかったのにと少し残念な気はしたが、それも結婚式までの我慢だと思いなおす。


 結婚式をするまでは触らせないとメロディは言うが、逆に言えば、結婚式をすればいくらでもべたべたしていいということだ。

 メロディも、さすがに結婚式後の夫婦の時間を邪魔するほど無粋ではないだろう。たぶん。

 デイヴが邪魔をしにやってきたのは、そんなことを考えながら、口端についたクリームを少し恥ずかしそうに舐めとり、ティーカップに口をつけるアレクシアの唇をぼんやり見つめていたときだった。


「グレアム様、デイヴさんです」


 ぼーっとしていたせいだろう。アレクシアの方が早くデイヴの存在に気がついた。

 どこか焦った様子のデイヴは、急ぎ足でこちらにやってくると、アレクシアの異母姉ダリーンが行方不明になったと告げたのだ。

 さすがにこれは、放置できない。

 詳細まではわかっていないようで、ロックに指示を出して調べさせてはいるようだが、今の状況だけでも確認しておきたい。


「アレクシア、すまない。中座する。俺が離れたら数分で魔術が消えるだろうから、場所を城内に移して続けてくれ」

「ご用事が終わるまでお待ちしますが……」

「いや、あまり遅い時間に間食を取ると、アレクシアは夕食に差し支えるだろう? 残りの二つは、俺はあとで食べるから、アレクシアは先に食べてしまうといい」


 デイヴがティータイムを邪魔しに来た時点で、これは急ぎの案件であるのは間違いなかった。そして、確認に時間がかかりそうでもある。アレクシアを待たせておくわけにはいかない。

 立ち上がり、メロディの目を盗んでアレクシアの頭をぽんと撫でると、デイヴについて城へ戻る。


 執務室へ向かうと、そこにはロックが待っていた。

 どうやら、ロックのもとにコルボーンの鳥の獣人が知らせを届けたようだ。


「何が起こった」


 執務室へ入り、椅子につくより早くロックに訊ねると、ロックは困惑した顔をしながら答える。


「それが、ブルーノもよくわかっていないようで……、今朝、朝食を持ってダリーンの元へ向かったときには、もうどこにも姿が見えなかったのだとか……」


 ロックの報告によると、ダリーンはコルボーンの小さな民家に閉じ込めてあったらしい。

 コルボーンは急ピッチで開発を進めているが、村だったところだ。しかも獣人に与えられていた村で、クレヴァリー公爵はまともに整備もしていなかった。木で枠組みを組み、麦わらを乗せただけのような簡素なつくりの家が並んでいた、数百年時代をさかのぼったような時代遅れの場所だった。村というよりも集落と呼んだ方がいいほどに。


 しかし、少し前の内乱騒動でエイデン国が口を挟んだこともあり、国からの補助も出て、子爵領にふさわしい町に作り直すことになったのだ。

 ゆえに、まだ領主の館もできていないし、家は取り壊しながら新しく作り直している最中である。石畳を敷いて道も整えている途中だし、もっと言えば、村の周囲ギリギリまであった山や森の木も伐採し、町の面積を広げなくはならない。


 ブルーノはエイブラムの提案を受けて領主の館が完成した暁にはダリーンを地下かどこかに閉じ込めることにしていたらしいのだが、できていないのだから仕方がない。

 だが、なにかとぎゃーぎゃー喚くダリーンに嫌気がさしていたブルーノは、あいていた適当な家にダリーンを押し込めて逃げ出さないように見張りを立てていたのだとか。


(……まあ、あれを嫁に取らなければならなかったブルーノには同情するがな)


 グレアムはブルーノがダリーンをどう扱おうと構わないと思っている。あの女は獣人を蔑視していて、とてもではないが歩み寄ることは不可能だろう。

 エイブラムが指摘した通り、跡継ぎの問題はあるが、それが片付けば、一生閉じ込めておくのが一番無難なのは間違いない。

 ブルーノには可哀想だが、次の跡取りに貴族の血を取り入れておいた方がいいのだ。そうしなければ、ブルーノの死後、面倒臭い貴族たちが何かと適当な理由をつけてコルボーンの地を再び奪い取ろうとするかもしれないのだから。

 さすがに、公爵家の血が流れているとあれば、文句は出ても強硬手段には出ないだろう。


(あんな女と子作りしなくてはならないのは苦痛で仕方がないだろうが……、獣人は人より子ができやすい体質だからな。それほど時間はかかるまい)


 ダリーンはもちろん騒ぐだろうが、嫁いで子を産むのは貴族令嬢の義務だ。貴族令嬢は、家の繁栄のためにそうあるべきだと、それこそ幼少期から叩き込まれる。それはある意味道具のようでもあり、グレアムとて思うところはあるが、アレクシアを虐げてきたダリーンには同情する余地はない。いっそ、ダリーンやその家族がアレクシアにしたように、ダリーンも下働きのようにこき使ってやればいいのにとさえ思う。


「見張りをつけていたのだろう? 見張りは何も見なかったのか」

「そのようです。夜中に逃げ出されるのも困るからと、家の周囲には常に三人の見張りを置いていたとのことですが……」

「見張りの目をうまく盗んで抜け出したということか? ……だが、そんなことが可能なのか?」


 獣人は人よりも身体能力に優れていて、気配を感じ取るのもうまい。そんな彼らの目を盗んで逃げだすなど、それこそ強い魔術師でなければ不可能だ。だがダリーンには魔術が使えるほど魔力はなかった。


「状況がわからないが、あの女がアレクシアを逆恨みしていないとも限らない。念のため、城の警備を厳重にしておいてくれ。……まあ、こんなところまでたどり着けるとも思えないが」


 コルボーンからコードウェルまでは馬車で二か月以上かかるのだ。ブルーノたちも捜索の手を広げているだろうし、こちらもロックが諜報隊を動かしている。誰にも見つからずにここまでたどり着けるとは思えない。


(だが、見張りの目を盗んで逃げられたというのが気になるな……)


 いったい何が起こっているのだろう。

 諜報隊からの続報を待つしかないが――グレアムは、嫌な予感とでもいうのか、妙な胸騒ぎを覚えたのだった。



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