古い屋敷 Inside of outside of outside of

 大きくて古めかしい屋敷。変に仰々しい薄暗い廊下を進む。

 ご丁寧に赤絨毯など敷いているが、妙に湿っていて歩きにくい。まるで大きな生物の腹の中にいる様な重苦しさを覚えてしまう。

「何の音だろう?」

 背の低い男が問いかけてきた。

 耳を澄ますと、確かに妙な音が聞こえてくる。カツン、カツンと、硬いものを何かにぶつけている音。大きなわけではないが、断続的に聞こえ続けるのは、気分の良いものじゃなかった。

「鬱陶しいな、これ。どこから聞こえてるんだ?」

 食堂じゃないだろうか? 少なくとも、そっち方面だろう。

 たしかに、と頷き、背の低い男は食堂へと向かう。

 やはり進むに連れて、音が大きくなっていった。カツン、カツーン、カンカンカン。カツン、カツーン、カンカンカンカン。

 意図が分からない子どもの遊びに付き合わされるような、幼稚な不快感が付き纏う。

 ガンガンガン

 無機質な音をかき消すように、食堂の扉を叩いて生物的な音を響かせる。背の低い男はノックの返事を聞く前に扉を開け、苛立ちを隠す事もせずに食堂に入った。

「やあ、君は何をしているのかね?」

 食堂には最低限の光しかなく、全景が見えづらい。

 ほの暗い闇の中で、誰かがテーブルについていた。どうやらスプーンを落とし続けているらしい。女の子みたいな男だ。

 彼はテーブルにスプーンを落としては拾い、落とし、拾い、転がり、拾いに行き、また落とす。

 気が狂いそうになるほど、面白くも無い事をひたすら続けていた。

「だから君は、何をやっているんだい?」

 背の低い男は入り口に立ったまま、更に声を大きくする。

 女の子みたいな男はちらりとこっちを見ると、スプーンを落としながら答えた。

「この宇宙の外に、別の宇宙があるって信じるかい?」

 女の子みたいな男に尋ねられ、背の低い男と顔を見合わせる。

 聞いたことぐらいはあるが、詳しくは知らない。この宇宙ができる前に大きな世界があって、そこでたまたま私達の宇宙が生まれたという説だった気がする。

「じゃあ、君は宇宙の外と交信しているのか?」

 背の低い男は、悪気は無しに言っただろう。それは私が保証できる。

 しかし女の子みたいな男は馬鹿にされたと思ったらしく、大きな目を更に見開いた。

「これは実験だ! 宇宙の外から力が働いているなら、このスプーンはただ落ちる以外の動きをするはずだ。それを捉えられれば、外の宇宙の下がそっちにあることを証明できる!」

 女の子みたいな男は、血走った目を向けてくる。何を言っているのかは分からないが、妄執は感じ取れた。

 あまり刺激しない方がいいだろう。気が狂っているかのように、と評したが、実際には既に狂っているのかも知れない。

「そ、そうかい。応援しているよ」

「応援なんてされなくても、俺は必ずやり遂げるさ」

 女の子みたいな男はそれだけ言うと、またもや自分の行動に集中し始めた。

 スプーンを落とし、拾い、落とし、拾い、転がり、拾いに行き、また落とす。スプーンが転がる度に興味深そうな、嬉しそうな顔をしている。「新しいパターンが生まれた」とほくそ笑んでいるのだろう。

 背の低い男はこちらを向き、大げさに肩を竦めた。大丈夫、私も同じ気分だ。

「きゃああああ!!」

「なんだ!?」

 突然屋敷に、女性の悲鳴が響いた。

 背の低い男はすぐに走り出し、私もそれに続いた。

 走りながら、どこから悲鳴がしたのかを聞かれる。分からないまま動いたのかと呆れる気持ちはあったが、嫌みを言う前にロビーの方だと知見を述べておく。

「う……エリカ……なんで……」

 ロビーに辿り着いた背の低い男は、愕然と立ち尽くしていた。追いついてロビーを見ると、その凄惨さに目を背けたくなる。

 茶髪と金髪のグラデーションで、ハーフアップにした女性。エリカと呼ばれていた人が血を流して倒れていた。胸には深々とナイフが突き刺さり、流れ出た血がドレスと床を真っ赤に染めている。

 彼女はピクリとも動かない。即死だったのだろう。

「これは……」

 背の低い男と頷き合う。

 ああ、間違いない。彼女は毒殺されてる。

 反射的に確認すると、時間は6時66分を指していた。

 狂わないで狂わないで狂わないで狂わないで狂わないで狂わないで狂わないで狂わないで狂わないで狂わないで狂わないで狂わないで狂わないで狂わないで狂わないで狂わないで狂わないで狂わないで狂わないで狂わないで狂わないで狂わないで狂わないで狂わないで

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る