第四話 悪夢の再起


 美波ちゃんと別れた公園を出て少しして、俺たちは分かれ道に立った。

 「じゃあ、叢真君、また明日」

 「うん、また明日」

 そういうと命里は左側の道へ消えて行った。一人になった俺は家まで寄り道せずに帰った。

 家に到着するも部屋は暗く、春姉はまだ帰ってきていないようだ。俺は鞄を自室に置いて、キッチンに立った。少し早いが夕食に支度を始めた。

 手際よく食材を下処理し、料理を仕上げていく。

 こう見えて俺はそこそこ料理ができる人間だ。まあ、この料理技術は全て兄さんに教えてもらったもので、現時点の料理の腕は兄さんに全然勝てないレベルだが、それなりに美味しい料理が作れる自信がある。

 粗方の準備を終えた俺はキッチンから出て自室に戻った。

 「明日提出の宿題って、どれだっけか……ああ、これだ」

 鞄から配布された宿題を取り出し、時間になるまで勉強をすることにした。

 一時間半ほどが経過した頃には宿題が終わり、俺は再びキッチンに立ち夕食を作り始めた。下準備を終えた食材を使って料理を完成させる。

 もうそろそろ、春姉が返ってくる時間の筈だが、中々帰ってこないな。

 そんな疑問を抱きながら、春姉の文をラップで包み自身の分を机に並べた。

 「いただきます」

 誰もいない部屋で一人、手を合わせて夕食を食べ始める。そして、俺が夕飯を食べ終えても、春姉は帰ってこなかった――

 その後、夕食を食べ終えた俺は風呂を入れ、ゆっくり浸かった後、すぐにベットへダイブした。

 「あー、キッツい……」

 全身の筋肉痛と眠気がピークに来ていた。特に両脚の筋肉痛は酷い、これは数日は引っ張るタイプの痛みだ。

 「久しぶりに使ったし、無理ないか」

 ベットの上に仰向けで寝転がり、右腕を頭の上に載せてそう言った。

 カウンタの使用はのようなもの、一時的な強化でその後にどっと疲労が襲って来る。確かに便利だが、多用すれば数日は体が動かなくなるほど酷い痛みに見舞われる。

 この痛みや疲労に関しては慣れではどうしようもないものだ、よって俺はあまりカウンタを使いたくない。

 「はぁ~……今日は、このまま、眠ろう、かな」

 そっと瞼を閉じると、眠気に煽られる形でそのまま眠りについてしまった。



 ふと――目が開いた。

 起きているのか、寝ているのか、よくわからない感覚だ。ただ、ものすごくボーっとしている。

 目の前に何かが見えている気がするが、視界がぼやけて判断が着かない。目の前には一体なにがあるのだろうか?

 ぼやけた視界を正すため、目を擦って視界を良好にしていく。すると、目の前に存在しているものの正体がわかった。鮮明になる視界の中、目の前にはが怏々と存在していた。

 これが一体なんなのか、全然わからない。でも、なぜだか、とても心が落ち着く気がする。


 次の瞬間――視界に人のようなモノが映った。


 あれは……?

 見覚えがあるその姿……いや、知っている姿を見て少し驚く。鮮明になる視界の最中、それがであることを強く認識する。

 そこにいた俺はなぜか、。また、他の俺は満足そうな表情をしていた。また違う俺は――酷く絶望した表情をしていた。

 どれも微妙に様子や見た目に差異がある。しかし、それは確かに逆刃大叢真だった。

 なぜ多様な俺がいるかはわからないが、一つ分かるのは巨大樹の分かれた節の先に俺がいるということだ。それが一体何を意味するのか、やはり俺にはわからない。

 何だか、気持ちが悪くなってきた。

 自分自身を覗いているからか、末路を覗いているからか――どちらにせよ、自己嫌悪せずにはいられない。

 あまりにも無粋だ、あまりにも無情だ、あまりにも無駄だ……きっと、俺は〝当事者であって、選択者ではない〟のだろう。故に、ただただ不毛だ。

 気色が悪い……自虐的にもほどがある。

 絶望と憎悪が領域を汚染する。何もしない、何もできない自身に腹を立てている……子供だ、本当――ガキだ。

 「フッ……バカみたいだ」

 自嘲的な笑みを浮かべ、顔を伏せる。もう――見ていたくない。

 そう思い、再び悪夢を静める夢を見ようと思った。が、その時――


 『お兄さん。助けてくれるんでしょ?』


 その言葉が聞こえたと同時、一気に目が覚め前を向いた。重たい体を無理に動かして、どこかへ向って走り始める。何もない虚空に手を伸ばしながら、無意味に走った。

 どんなに走っても呼吸は乱れない。当たり前だ、夢の中で走っているだけで、呼吸が乱れる筈がない――だけど、とても辛い。

 走っても走っても呼吸は荒くならない。当然だ、これは単なる夢、そう夢なんだ――でも、胸の辺りが痛い。

 先がない――それでも走った。虚空の先をただひたすらに、ただ我武者羅に……

 周囲の俺を越えて前に進み続ける。


 果てに意味はなかったな……――


 それでも走る。

 昔、聞いた話を思い出す。いま俺がしているのと似たようなことをしている人がいた。その人は俺の根幹だった、今思えばある種の憧れを抱いていたのかもしれない。

 でも――そんなことはどうでもいい。

 疑問を振り払い、そのまま走り続けた。

 あの話をしてくれたのは……

 微かに残った疑問。昔そんな話をしてくれた人物、その名前は確か――



 ガバッと掛け布団を退かして跳ね起きた。

 「ハア、ハア、ハア、ハア――」

 大きく息を吸い、正常心を取り戻そうとするが、跳ねる心臓は中々元の心拍数に戻ってくれない。

 右手を顔に添え、左手を心臓の位置に置く。どうしてここまで心臓が跳ねて、正常に機能してくれないのかわからない。ただ、これが単純に機能が暴走しているという話でないことは理解できる。

 少しづつ正常を取り戻した俺は、ことに気付く。

 「ハアハア……春姉」

 草臥れたカラダで服を着替え、春姉の部屋に向った。しかし、春姉は未だに帰ってきていない。部屋を一通り回ってみたが、どこにもいない。

 現在時刻は九時半、この時間に学校に残っているなんてありえない。何か問題が起きたか、または――

 「なッ! ――どう、なってるん、だ?」

 俺は窓の外の光景を見て驚愕した。

 窓の外は一面、火の海――まるで星災の時のようだった。

 急いでスマホを取り出すと既にアラームがなっていた、どうやら眠っていて気付かなかったようだ。

 「春姉――」

 スマホのメッセージを見ると、春姉から避難所に向うようにと書かれたメールが送られていた。そのメールを見て春姉が安全な場所にいるようなので一安心した。

 「一体……一体、いまどうなってるんだ?」

 火の海になった街を見てそう言葉を漏らした。


 最悪の歯車は、逆望の願いと共に絶望を再起させる――


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