第二話 カウンタ
下校を伝える鐘の音が聞こえる。同時にクラス内が少し慌ただしくなる。
部活動へ向かう者、帰宅を急ぐ者、それぞれ目的を持って行動するため自然と行動にキレが出ている。授業中は気だるげで、動くのも億劫そうな者も、この時間は活発に動き出す。
かくゆう俺も、部活動には入っていないため、そそくさと帰宅準備をしている。
「叢真君、一緒に帰ろ?」
「わかった。少し待ってくれ」
「先に下、行ってるね」
「おう」
そう返事をすると、サッと教室を後にした。
因みに、原崎はチャイムの後すぐに教室から消え、早間は委員会でどこかに消えた。白汰は部活動に入っているため、部室に向って行った。
みんな、忙しそうだな。
誕生日である今日ですら、予定もやることもないという状況。別に何かやりたいことがあるとかはないのだが、それでも予定が一切ないというのは少し寂しい。
夏休み、どう過ごそうか……
今から長期休みに不安がいっぱいである。
「悪い、少し遅れた」
「うんん。全然、待ってない」
門前に立つ命里にそういうと、首を振りながら否定した。
「そうか? ならいいんだけど」
「うん。それより、早く帰ろ」
「ああ」
命里の言葉を了承し、学校を出て家に向かった。
道中、二人で雑談をしながら帰路を歩いていると、ふと、命里が何かに気がついたように目線を逸らした。
「ん? どうした」
「いや、あれ」
命里が指を指した方に目線を向ける、そこには――
「風船?」
木の枝に引っかかった風船があった。風船の下の方を見ると、小学生低学年頃の幼い女の子が必至に手を伸ばしている姿が見えた。
俺はその光景を見て、女の子に近づいて声を掛けた。
「その風船、君のかい?」
「……うん」
小さく頷いてそう言った。
「手を放したら飛んで行っちゃった」
とても悲しそうな表情をする女の子、命里はそんな女の子の様子を見て徐に風船の下に向う。
「私がとってあげるね」
「え! いいの!」
「もちろん」
嬉しそうな声を上げる女の子に笑顔で答える、命里は俺に鞄を託し、風船に向って手を伸ばした。しかし、思っていたより風船は高い場所で引っかかっており、彼女の背でも届かない。
一生懸命な表情で風船に手を伸ばす命里を見て、女の子が不安そうな表情を浮かべる。
……仕方ないか。
俺は二人の様子を見て、少し覚悟を決める。
手に持っていた二つの鞄を地面に置いて風船に近づく。
「命里、俺が取るから少し退いてくれ」
「わ、わかった」
俺の言葉で風船の下から退いた命里は少し下がって、女の子の隣に立った。
さて、届くか? これ。
上を見上げ、風船の位置を確認するが、手を伸ばして届くような高さじゃない。例えジャンプしたとしても届かないくらいには高い。正直、この風船は諦めた方がいい気もするが、女の子の悲しそうな表情を見てそれは出来ないと判断した。
次に周囲を軽く見渡した。木の近くには踏み台になりそうな物は一切なく、自力で取るしかなさそうだ。
「ふぅ~……仕方ない、やるか」
周囲を見る限り他に方法がなさそうだと判断した俺は、軽く深呼吸をして数歩下がり俯いた。
「
全身に熱が燈る。
体中に血流が回り、普段では出せないような馬力を捻り出している。
「ふぅ~……」
体内に籠る熱を放出する、そして――
「やってみるか」
――走り出す。
俺は風船が引っかかっている木に向って全力ダッシュする。今の俺は、五十mを軽く六秒台出せるほどに身体能力が上昇している。その速度のまま、木と二m差の距離に入る。
このままぶつかれば、痛いどころか、最悪骨が折れてもおかしくないだろう。だから、無理やりエネルギーの方向を変える。
「
両脚が燃えるように熱い、急激に高まった力に自壊してしまいそうだ。
だが、その痛みに耐え、俺は左脚で地面を強く踏みつけ前方に飛ぶ。もちろん、飛んだ先には木がある。だから、俺は残った右足で強く木を蹴りつけ、更に高く飛び上がる。
取ったッ!
高く飛び上がった俺は引っかかっている風船の紐を掴むとそのまま落下した。
「っしょっと――」
受け身を取りながら地面に着地した。
「ふぅ~……なんとかなったな。
安堵の息を着いた後、繰り上げた数値を解除して女の子の元へ向かう。
「はい、風船」
「ありがとう……」
嬉しそうに風船を受け取る女の子、その表情を見て少し無理したが報われた気がした。
「もう、離すなよ?」
「うん! お兄さんすごいね」
「そうか?」
「そうだよ! だってあんな高くジャンプして、私もいつかできるかな?」
非常に回答に困る質問に唸り声を上げて思案する。
「ん~……頑張ればできるんじゃないかな?」
「やった!」
無邪気に喜ぶ女の子の様子を見て、とても居た堪れない気持ちになってきた。
「すごいね、叢真君……私、何もできなかった……」
ドヨンとした空気を纏った命里がそういい、俺は苦笑いを浮かべた。
「ま、まあ、命里だって頑張っただろ? 俺は結果より、その過程を大切にしたいからさ、届かなくても取ろうとした命里がいたことは見てた」
「そう?」
「そうそう」
「ならいっか……」
絶妙にチョロい命里は今の煽てで気分を取り戻し、いつも通りの天真爛漫な彼女に戻った。
「ねえ、お兄さんとお姉さんの名前は、なんてゆうの?」
俺たちのやり取りを見ていた女の子はそう質問した。そして、その質問に命里が先に答えた。
「私は望月命里、命里って呼んでね」
「俺は逆刃大叢真、呼び方は適当でいいぞ」
「わかった。じゃあ、命里お姉ちゃんと叢真お兄ちゃんがいいー」
無邪気そうにそういう女の子に命里が目を輝かせている。命里には姉妹がいないため、お姉ちゃんと呼ばれたのが新鮮だったのだろう。まあ、俺も妹はいないんだけど。
ただ少し、命里の目の色が良くない方に傾いている気がしなくもない。
もし何かやらかしたら、俺が止めよう……
少し疑うような目線を向けながらそう決心した。
「君はなんて言うの?」
命里が女の子に名前を聞いた。少し目の色が怖いが、まだ許容範囲だろう。
「私? 私は、みなみ。
俺たちは大きな木の下で美波と名乗る幼女に出会った――
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