第44話
親世代から子世代へ――折角先駆者から「私の様になるな」というメッセージを受け取ったにも関わらず、その虚実を数十年とかけて一世代の人生で確かめてから後世に伝えていたのでは人の道も一進一退だ。
玄凪の行動は自身が得た教訓をその場にいる年齢的な後輩へも話し、可能な限り小刻みに言い伝えていこうとするものだった。
玄「園恵は、もう聞いたかな? 英彦星さんが退職するって話」
園「――うん、聞いたよ。それがどうかしたの?」
玄「――いや、つい忘れがちだけど俺達まだ一年目なんだなぁーって。しかも、園恵は俺より若いからさ」
英彦星から辞職する事を勧められていた彼は、その事実を直接口にはしなかった。今は善意で薦めてくれたと理解している彼だが、その当時は本当に頭を悩ませた。園恵に同じ真似をしたくなかった彼は、嘗てない程に言葉を選んでいた。
同期であり歳下の彼女にもその様な話しが入っているのではないか。そうでなくとも自分が伝えれば良い――そう考えて会話していた玄凪の期待を裏切った、彼女の進退話。それは彼女がこの会社で働いていく決意を固めたというもの。
玄凪もこの展開を全く予想していなかった訳では無かった。仕事に対する彼女の頑固なまでの真面目さは、一年目の社員が退職前の恩返しや資金集めをしている様には見えなかった。
園「玄凪君はもうお弁当、食べた?」
ここで園恵の方から食事に関する話題が出された。彼女自身そういった事を極力遠ざけてはいるが、他人に強要する様な真似はしていない。生憎――と言うべきか、玄凪は初めて手作りしたおかずを自慢したい気持ちも、弁当と共にロッカーへ置いてきていた。
彼が貰って以来、出社時は必ず身に付けて家を出ている缶バッジ。彼女に貰ってからまだ一月と経たない、実際はただの歪んだ金属でも、既に似合っていると考えるのと、いつの日か似合う様になりたいと捉えるのではまるで価値が異なる。
彼女の言う「似合う」という表現を彼が理解した時、未だそれは似合っているのか、将又「似合っていた」と過去の表現になっているのか。全ては彼がこれから作り出す人生で決まる。
指に残ったご飯粒をラップに拭い取って園恵は食事を済ませた。食事に、そして玄凪が普段よりも気を遣ってくれている事に感謝して、彼女はここから一時間の食休みに入る。
彼の持ち込んだ話題は辞職の勧め。ここで働くという意志が彼女の中ではっきりしている以上、彼はそれを尊重する事にした。
園「私からも聞かせて。――玄凪君、何でその話をしに来たの?」
前述の通り玄凪のこの行動は後輩へも経験を共有しておきたいとする気持ちからくるものだ。彼は退職を勧められた事を直接は言わず、園恵にその選択肢が浮かび上がってくるのを期待した。
彼女は英彦星の退職を話題に上げた彼の真意に見当を付けていた。仮に玄凪自身が触発されて退職するというのであればそれは彼の勝手であり、退職はしないが他人にはそれを勧めるというのであれば遠慮する――何れにしても彼女にとってはお節介である事に変わりなかった。
玄凪がどういう人柄かをよく知っている彼女は前者の理由ではないかと踏んだ。どちらかであると仮定した場合、後者を理由とする程玄凪が身勝手ではないと彼女は信じていたから。
問いを白々しく茶化した玄凪と、そこに答えを見た園恵。彼女は、彼が今回の話を進める中で他人に辞職を勧められた事を隠す必要性を理解出来ても、彼自身が辞職するという意志を隠す必要性が分からなかった。
そもそもの話、玄凪はまだ辞職願を書いてすらいない。昨日の今日で早起きと自炊に両手が塞がった彼では、その意志を形にするところまで出来なかった。
まだ辞職が確定した訳ではなかった為に、彼はそれを伏せていたのだ。とはいえ彼の中でAirgunを辞める事は決定事項であり、又伝えたい気持ちを優先した結果、彼は言葉と行動との間に整合性を保つに至らなかった。
彼女は前者の見当が理由ならもう少し話を聞くつもりだった。彼がその決断をするまでに何を見て、何を聞いてきたのか――他人にも辞職を勧めるからには相応の出来事があったのだろうと彼女は考えていた。
後者を論外とするのは、それが死神の革新的な様と重なるから。自身諸共社員を路頭に迷わせようかという彼かの死神のやり方を、彼女は心底嫌っていた。
そして最も彼女が嫌っているのが「中途半端」。依頼人の見えない所から依頼人を死へ導いたとあれば、彼等を言葉で守るべき存在である当社の社員として有るまじき失態のはず。しかし社員側へ明白な過失(あからさまな言語表現での幇助)が無ければ社員は罪に問われない。その理由は実に単純明快なものである。
依頼人一人ひとりの死全てに法的責任を負っていては仕事として成り立たない。何より、言葉が依頼人次第となってしまう。社員それぞれが個性を持って言葉を選び伝えようとした善意は勿論、単語一つから自己紹介、果ては沈黙までもが一方的に凶器と認定され、社員の発言は人質を取られた親の様に弱腰となる。
当社の社員達は会話をする相手と対等である為に自らが守られていると自覚する必要があるのだ。そして社員達は、決してその契約に寄り縋ってはならない。
園恵は玄凪へのお礼がてら、自身の教訓である中途半端な助言の危険性と愚かさについて皮肉を言った。それを彼がどの様に聞き取ろうと、そこにあるのも彼の個性だと彼女は理解している。
玄「確かにまだAirgunの社員だし、気を引き締めないとな」
園「死神の横に記念碑建てられちゃうかもねー」
玄「勘弁してほしいよ(笑」
和やかな雰囲気のまま会話は終わった。玄凪が空腹で鳴る腹を押さえつける様子に、園恵は優しさを汲み取って昼食を食べるよう促した。
冷凍食品に囲まれて鎮座する不出来な卵焼きに背中を押されて彼は午後の仕事へ。
連休明けの彼等の仕事で増えるのは、家という縄張りで日々のストレスから開放された人々が、再びストレスの只中へ戻ろうとするのを支えるものだ。
その依頼人達は宛ら出兵した兵士。前線基地で寛いでしまい戦場に出たくないと駄々を捏ねる兵士の進撃までをお手伝いするという、何とも馬鹿げた仕事である。
たった一日二日の平日を乗り切ればまた週末がやってくる――そんな事を心の支えとしなければならない所だから非生産的な平日五日間を過ごしてしまい、そうして生んでいるビジネスチャンスに気付く事も無く、今日も今日とて平日に繰り出していく。
この時代に奴隷がいたら正にこの様な人々をそう呼んでいた事だろう。
知らぬ間にビジネスチャンスを生み出している事に気付かない者がいれば、自らの元へ舞い込んだ好機を逃さず掴み取る者もいる。
玄凪行きつけのメイド喫茶ではミーたんがいなくなって以降、新たな人寄せメイドの誕生を待ち侘びていた。なーのんはそんな中に頭角を現した、店側の御眼鏡に敵う様なスターだった。
そんな彼女の素質はスカウトによって見い出されるのも時間の問題だったと言える。
メイドB「なのたすはミーたすじゃなくてほんもん本物だもん。次は有名人だよ」
推しが世に出てからできるファンとそれ以前のファンとの間に敢えて違いを挙げるとすれば、デビュー前を知っているか否か。デビュー前から応援していたファンの先見はスカウトにも劣らないだろう。
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