第23話

玄「後はー、デートなんかも危ないかもですね。――嫉妬とかで殺されるのは良くありますから」


 逢はデートを控えねばならず嘆息を漏らし、玄凪は彼女がデートをしていた事実に内心仰天した。デートの相手は自身の兄だと彼女は言うが、果たしてそれを知っている彼女のファンはどれ程いるのか。


 玄凪は薄々思い始めていた。逢の意識の高さは外面的なのではと。もし玄凪が今も彼女を推しに据えていたなら、この考えに至った瞬間それに蓋をして、或いはその考えに至る事なく次の土曜日を迎えていただろう。


 彼自身の中に残っていたミーたんへの熱りが冷め、先程までの高揚ぶりがまるで別人のように。玄凪はつい先刻まで彼女がアイドルを目指していると知らなかった上に、もう彼女を推してはいない。その彼でさえこうなのだ。より詳しくミーたんを知っているファンの中には、この事実を耐え難い裏切りと捉える者もいる。


 何故なら相手はアイドルだから。彼等一部のファンにとってそれは熱狂の中に生み出された理想をなぞる存在であり、その熱狂は他ならぬアイドルがもたらしている。興奮、期待、羨望――彼等の理想はまるで、この国が古来より重んじてきた伝統のよう。


 理想は人の数だけあるが、共通している部分で言えば絶対公平を求めていることが挙げられる。自身の熱が冷める、その時まで。


 ではその様な人達を支持者、愛好者と言えるのか。彼等がファンを名乗り出したきっかけが恋だった場合、素性の分からない同性が推しを独占しているのはさぞ不愉快だろう。そしてそれを周知させてこなかった推しもまた。


 ミーたんはアイドルの卵で、兄とデートをしている――こんな飛び切りの情報が爆郎の口から出てこなかった事を、玄凪は思い返していた。探りを入れてみるべきという考えに至るのは、客へ見せていた信用が職務上のものだから。


 疑った事が最期まで客本人にバレなければその信用は客の中で本物となる。だが得てしてそれは思わぬ所から漏れ伝うもので、その博打全てに勝った者などいない。


真「なぁ、ありがとうってもしかして死語なのか?」


マ「いいえ。省略されることはあるけど、ありがとうが死語になるのは当分先でしょうね」


 テーマパークへデートに来た二人。感情をあまり表に出さない彼等にとっては、ジェットコースター等のアトラクションも少しばかり趣向を凝らした陳腐な乗り物に過ぎない。


 二人が食道楽という事もあり、テーマパークへ来てから一時間足らずで五度目の食事となる。


真「――やたらと睨まれる気がするんだ。あ・り・が・と・う。ちゃんと発音出来てるよな」


マ「表情と音程って大事よ。悪人面の人が実は優しかったり、全く嬉しくない物を嬉しそうに受け取ったり」


真「――感謝が薄っぺらい事を誤魔化せたり、ってか」

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