Airgun
Ottack
第1話
20XX年、都内某所。移り変わる
そんな彼等を一等地から支え続けて早数十年の飲食店――麺や
先輩A「緊張してるでしょ。そりゃそうよー、私なんかかれこれ5年目になるんだけど、初出勤の日のやらかしなんか今でも思い出すから」
菜「あ、はい。ははは……」
先輩B「肩の力抜いてね
一回り程も歳上の先輩店員2人から助言を受け、自らを鼓舞し、業務へと繰り出す菜乃葉。
至って普通の、ラーメン店でのアルバイト。しかしそれも菜乃葉からすれば負担は倍程に膨れ上がる。
いらっしゃいませの一言を発言せずに済ませたいから――配膳するのをなるべく他の店員に任せたいから――常に心の片隅に用意されている「気が付かなかった」という言い訳。
店長含めこの店の店員は皆、菜乃葉に理解を示し、一従業員として迎え入れた。彼女自らこの職場を選んだとはいえダメ元で受けた面接。メールで採用通知を受け取った瞬間、彼女の心には喜びと不安、2つの感情が沸き起こった。翌日には不安が喜びに勝り、近づく初出勤の重圧に堪え兼ねた彼女は、自身が変わる為の一手を打ち、初日に臨んだ。
昼過ぎに掛けて引っ切り無しに来店する客で繁盛している立花だが、回転率の改善は限定的なものとなっている。最も忙しい時間に彼女は席への誘導を任されているが、何もせずにいる時間も生まれる。彼女にとっては合間に一息つける為有り難いものだ。
接客時にして当たり前とされる言動がある現代社会で、彼女のか細い声量を聞き逃した客の一部は、彼女を整備不良の接客アンドロイドだと感じただろう。そしてその様な感覚を持つ客の中では、自動ドアの開閉音が持つ遮音性は防音扉に並ぶらしい。
会計を済ませて帰り際に裏拳を放っていく客。相手からすれば当たったかどうかは些細なことで、大事なのは一枚隔てること。
一枚隔たれば姿が見えず、言葉が判然とせず、仮に対象まで聞こえていたとしても返されるのは単なる言い掛かり。他人の会話に首を突っ込むのは野暮だ。不意に得た挑戦権は早急に放棄して、相手へ敬意を表すのが両得だろう。
合間に深呼吸をし、乱れる思考を必死に整えて、菜乃葉は次の客を迎える。
彼女からは腕時計が指し示す時間を見る余裕すら無くなりつつある。それはまた、終始繁忙の中にある食事時の飲食店の一店員として、彼女が奮闘している証でもあった。
菜「いらっしゃいませ、何人ですか?」
魚介を突き詰めた至極の一杯を目当てに方々から訪れる客と、彼等を迎え入れるラーメン屋のぎこちない店員。側から見ればただそれだけの、至って普通の光景だ。
怒涛の勢いで誘導を行う菜乃葉を、先輩達は密かに見守る。そこで働く誰しもが経験した初日。その日にしかない緊張を背負いながら精力的に仕事を熟す彼女は、他の店員の精神的支柱となっていた。
やがて客足も落ち着いて空席が目立ってきた頃、最初に助言をした先輩の一人が、腕時計をボーっと眺めている菜乃葉へ声を掛ける。
疲れの色を隠し切れずにいる菜乃葉に、彼女は代行を申し出て早退を勧めた。自身も入りたての時はよくこうしてもらったと言い、遠慮する菜乃葉を労って更衣室へと送り出した。
裏へ入ると緊張の糸が解れたのか、大きな溜め息を一つ。あんなに訪れるのが不安だった三時間の労働も、終わってみれば自信へと変わっている。
店内の熱気が下火になっても偶に更衣室まで届いてくる、料理担当の活気溢れる声が膨れさせる後ろめたさ。
菜「あ……今日は、ありがとうございました。――そんな……凄く心強かったですよ」
徐に話す菜乃葉。その相手はイヤホンの向こうに。
菜「――また明日も、よろしくお願いします」
?『ええこちらこそ。それでは、お疲れ様でした』
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